概要:文豪井上靖(1907-1991)は、芥川賞作家であり、敗戦後の日本文学に物語性を回復させた戦後期を代表する作家のひとりであり、文化人の代表としても国内外で積極的な文化活動を行ってきた。当建物は、井上靖の母の実家であり、自身がモデルの主人公・伊上洪作が幼少期から青年に至るまでの自伝的な作品「しろばんば」の舞台となってきた建物である。改修時には、築150年ほどが経過しており、壁や梁などの老朽化が顕著であった。工学院大学では、西森研究室が伊豆市の委託を受け改修計画を進め、田村研究室は現存する漆喰・土壁の保存再生に向けた改修工事を実施した。1階妻壁は、荒壁下部の崩れ落ちが顕著であったため、当初の荒壁土・中塗土の粒度や粘土質の評価を行った上で、150年前と同等の粘土、稲わらスサ、土粒子を用いて土壁を配合し、乾燥養生期間を設けて十分な乾燥収縮を生じさせながら、荒壁、中塗りを実施工した。上塗りには、伝統調合に準じた本漆喰を別に練り合わせ、根本部の中塗り土表面に、この時代の仕上補修であることがわかるよう、健全部との境界が判別できるようにした上で、磨き仕上げを行い上塗り仕上げを完了させた。また、面剥がれを起こして浮き劣化が生じた漆喰部は一端切開をし、同技術を用いて中塗り土の表面に再固定した。当時の壁への落書きや炊事場での生活感が生じた壁の扱いは重要であり、その状況も保存するため、漆喰の上塗り仕上げ直しは行わず、大学が保有する特許技術を活用し、浸透性アクリル樹脂により表層のテクスチャーをそのまま残して中塗りの剥がれ防止を実現する新技術を適用するとともに、劣化壁から採取した壁土を再利用して同等色調の連続壁となるように配慮をし、真正性(オーセンティシティー)に配慮した施工を行ない、修工事を完了させた。
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