特別演習:現代の哲学1「科学哲学」レジュメ



第1回10月2日
第2回10月16日
第3回10月23日
第4回10月30日



第1回 10月2日
論理実証主義(=あるべき科学的理論の構造を求めた試み)の諸前提とその問題点

観察に関して
理論に関して
科学的な説明とは?
理論の妥当性を検討する方法に関して
問題点の解消に向けて


資料:科学哲学の古典
ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳 岩波文庫)
ヒューム『人性論』(第一篇 大槻春彦訳 岩波文庫)
カント『純粋理性批判』(篠田英雄訳 岩波文庫)
カッシーラー『実体概念と関数概念』(山本義隆訳 みすず書房 1979年)
ブリッジマン『現代物理学の論理』(今田恵、石橋栄訳 創元社 1941年)
ポアンカレ『科学と方法』(吉田洋一訳 岩波文庫 1953年)
同『科学と仮説』(河野伊三郎訳 岩波文庫 1959年)
同『科学と価値』(吉田洋一訳 岩波文庫 1977年)
ピエール・デュエム『物理学の目的と構造』(小林道夫、熊谷陽一、我孫子信訳 勁草書房 1991年)
エイヤー『言語・真理・論理』(吉田夏彦訳 岩波書店 1955年)
ノーマン・キャンベル『科学とはなにか?』(森一夫訳 法律文化社 1979年)
カール・ヘンペル『自然科学の哲学』(黒崎宏訳 培風館)
同『科学的説明の諸問題』(長坂源一郎訳 岩波書店 1973年)
R.カルナップ『物理学の哲学的基礎』(沢田のぶ茂、中山浩二郎、持丸悦朗訳 岩波書店 1968年)
同『カルナップ哲学論集』(永井成男他編訳 紀伊國屋書店 1977年)
ネーゲル『科学の構造(全3巻)』(松野安男他訳 明治図書 1968年)
W.V.クワイン『論理的観点から』(飯田隆訳 勁草書房 1992年)
カール・ポパー『客観的知識』(森博、藤本隆志訳 木鐸社 1974年)
同『科学的発見の論理』(大内義一、森博訳 恒星社厚生閣 1971年)
同『推測と反駁』(藤本隆志、石垣寿郎、森博訳 法政大学出版局 1980年)



第2回10月16日
パラダイム論とその後の論争

論理実証主義の問題点の指摘
    観察の理論負荷性(theory-ladeness)
      私たちから独立で、それを前提に科学理論の構築が開始されるような感覚予件(sense data)というものはない。あるものを「見る」さいに、私たちは常に「〜として見る」ということをしている、すなわち文脈とともに見ている。
      理論体系の整合性への疑い
    検証可能性への疑い
    どのような観察が検証と言えるのか?
    帰納法の限界=どこまでいっても事実の集積でしかない?
    決定的実験(crucial experiment)はありえない(デュエム・クワインのテーゼ)?
    理論は事実によって反証されうるのか?
    →理論を倒せるのは理論だけ→パラダイム論へとつながる
パラダイム論
    科学理論は、ある科学者共同体がもつ考え方の枠組み(パラダイム)に基づいて組み立てられた一時的な体系。
    通常科学:あるパラダイムに基づいてその範囲内で行われる科学研究(パズル解き)
    科学革命:あるパラダイムから別のパラダイムへの移行。
    その移行は、あるパラダイムでは説明できない変則例の蓄積によって導かれる。
    唯一の変則例によって初めの理論が反証されたとは考えない。
    どのように移行が生じるかを一般的な規則で説明することはできない。
    進歩というより革命と呼ぶのがふさわしい。
    (ただし、通常科学の範囲内では、科学は漸進的に進歩すると言える。)
    異なるパラダイムの間で、理論は共約不可能である。
研究プログラム説
    研究プログラムの構成
      研究プログラムは、否定的発見法と肯定的発見法の二つの部分からなる構造体。
        否定的発見法:疑うことのできない堅い核を守ろうとする。
        核は、保護帯(補助仮説など)によって守られている。
        肯定的発見法:解決すべき問題を提示する。保護帯を構築する。
      研究プログラムとパラダイムはどう違うか?
        パラダイム論をマイルドにしたのが、研究プログラム説。
        パラダイム論が科学者集団という社会的次元に注目。
        他方で、研究プログラム説は理論的な次元に注目。


資料:パラダイム論以後の論争を知る本
T.クーン『科学革命の構造』(中山茂訳 みすず書房 1971年)
P.K.ファイアーベント『方法への挑戦』(村上陽一郎、渡辺博訳 新曜社 1981年)
P.K.ファイアーベント『自由人のための知』(村上陽一郎、村上公子訳 新曜社 1982年)
イムレ・ラカトシュ『方法の擁護 科学的研究プログラムの方法論』(村上陽一郎、井山弘幸、小林傳司、横山輝雄訳 新曜社  1986年)
I.ラカトシュ、A.マスグレーヴ『批判と知識の成長』(森博監訳 木鐸社 1985年)
A.F.チャルマーズ『科学論の展開 科学とは何か?』(高田紀代志、佐野正博訳 恒星社厚生閣 1983年)
H.I.ブラウン『科学論序説 新パラダイムへのアプローチ』(野家啓一、伊藤春樹訳、培風館 1985年)
L.ローダン『科学は合理的に進歩する 脱パラダイム論へ向けて』(村上陽一郎、井山弘幸訳 サイエンス社 1986年)


第3回10月23日
ストロングプログラム

1960年代の科学哲学の大きな変化
    科学の論理実証主義モデルの凋落とパラダイム論=革命主義、歴史主義の台頭
      →新実証主義と知のアナーキズムの対立
    科学が客観的現実を記述しうる→それは達成不可能であるという考え方。
      相対主義的な認識論への道を拓いた。
      実在論→非実在論という存在論上の変化を導いた。
科学哲学と社会学
    マートンの知識社会学/論理実証主義の科学哲学
      科学のエートス:科学の規範であり科学者の内面を形作る
        普遍性:知識の正しさの判断基準の統一性
        知識の公共性:知識は共有されるべき
        利害の超越:個人的利害関心を持ち出さない
        系統的懐疑:知識の厳密性要求、慎重な判断
    sociology of knowledge, science and technology studies等の台頭
      上記のエートスを否定する
ストロング・プログラムの登場の文脈
    新実証主義の科学哲学
      理論は共約不可能である場合もある。
      しかし、競合するパラダイムの間で合理的な評価を行うことが妨げられない。
      研究上の問題を、それぞれのパラダイムがどのくらいよく(悪く)解決するのかを判定することは可能であるから。
    知のアナーキズム
      問題と解答の適切さについての判断はパラダイムに依存する。
      →パラダイムの間の優劣に決定的な評価を下すことはできない。
科学理論の発展の説明における社会的要因の扱い
    論理実証主義:仮説演繹法=科学外的な要因の入る余地はない。
    新実証主義
      科学の実践における非合理的な社会的要因を、失敗や誤りを説明するために「だけ」持ち出す。(問題の立て方)
        例:ナチス時代の科学、地球中心説
      逆に言えば、社会からの影響を免れた科学は常に合理的に進展する。
      →ストロングプログラムはこの非対称性を問題視する。
ストロングプログラムの4つの原則
    1.因果性
    信念や知識の状態を生み出す諸条件を考える。
    社会的な原因以外の原因もあると想定する。
    2.不偏性
    真偽、合理・不合理、成功・失敗に対して、不偏的に説明を行う。
    3.対称性
    その説明様式が対称的である。
    4.反射性
    そういった説明はその説明自体についても適用可能である。
ストロングプログラムによる説明の特徴
    科学の実践者がある信念をもつ理由を「それが真だから(現実と一致しているという意味で)である」と説明するのは許されない。
    社会的な原因を必ずしも干渉的原因としては考えない。
    科学的な知識は、発見されたものというよりも、社会的に構成されたものであるとする。
    (科学的な知識が、そう呼ばれるに値するようになるのは、社会的な過程を通じてである。)
ストロングプログラムに対する反論
    もし、どのような意味においてであれ真であることが科学における理論的な信念を拘束していないのだとすれば、科学の内容は、確実に理論に依存しない現実から浮き上がり、そこからすっかり離れてしまい、現実とは異なる他の何かについての理論になってしまうのではないか。
    非実在論=観念論になるのではないか。
    どのような知識体系でも科学を名乗れるという相対主義に至る。
それに対する反論
    科学知識が無前提に現実として想定しているものの現実性を疑ってかかるのは健全な科学哲学のあり方ではないか?
    ストロングプログラムは、実践に依存し、理論に依存した物質的な世界の存在を確かに認めている。
    どのような知識でも社会において科学として流通するとは限らない。
ストロングプログラムの世界理解
    理論に依存しない物質世界のあり方が、社会的に認められたメタファーによってそもそも取捨選択されたものであり、したがってそれが科学理論に影響している。
    すなわち、科学は純粋無垢な世界についてものではなく、偶発的で伝統的な社会的メタファーと人間関係を通じて記述、説明された世界についてのものである。
    したがって、科学が明らかにする現実とは、世界そのものの現実ではなく、私たちの社会的な生活形態の現実である。
ストロングプログラムに基づいた実証的な研究
    科学における真なる信念が、研究されている独立した現実の構造に関する証拠によってではなく、疑問に取り組んでいる人の政治的なコミットメントや、社会的な関係を無意識のうちに自然に投影することや、名誉欲などの非合理的な社会的要因によって決定されるという実例。
Kleeの批判:ストロングプログラムは極端な相対主義に陥る
    問1:なぜ科学者Sは信念Bを信じるのか。
    答1:なぜならば、Bが実践における成功と一致するからだ。
    問2:なぜBが、実践における成功と一致するのか。
    答2:なぜならば、Bが(理論にから独立した現実に対して)真であるからだ。
    この答2は、問2に対する実在論者の答である。
    しかしながら、ストロングプログラムは、真であることが信念をもつことの説明にはならないという規則によって2のような答を諦めなければならない。
    したがって、ストロングプログラムは、問2に対して、異なった答をしなければならなくなる。
    答2.1:そのときの社会的なメタファーが、信念Bを実践において用いることが成功するという判定を保証する。
    しかし、この答2.1は、以下のような議論によって「何でもかまわない」式の相対主義に陥ってしまうのではないか。
    成功が判定されるのは、科学的な方法と理論の性質に投影された特殊な社会的なメタファーと関係性によって保証されているからである。
    社会的なメタファーや関係性がある文化において支配的になるのに客観的な限界はない。
新実証主義の哲学者の問とストロングプログラムの問
    何を説明されるべきものとして考えるか。
      科学研究者(と新実証主義者):間違った理由
      革命主義の科学哲学者(と社会学者):知識の社会的存立構造
    二つの説明様式の混乱が論争の原因
      新実証主義の問題点
        知識を支える基盤についての観念論
        適用可能性を厳密科学に限定することになる。
      ストロングプログラムの問題点
        社会的な原因による説明の程度は多様であることを明確にしたい。
        科学の自律性をどう見るのか。
参考文献
D.ブルア『数学の社会学』(佐々木力、古川安訳 培風館 1985年)
D.ブルア『ウィトゲンシュタイン:知識の社会理論』(戸田山和久 勁草書房 1988年)
Robert Klee, Cutting Nature at its Seams , Oxford U.P.,1997


第4回 10月30日
社会構成主義の科学哲学

社会構成主義の科学哲学
    ポストパラダイム論の科学哲学は、社会学的色彩を持つ方向に進んだ。
    ストロングプログラムもその一つ。
知識はどのように社会によって構成されるのか?
    ・ 社会構造が科学理論に反映される。
    科学理論の構造とそれが存在している社会の構造が「同じ形式」である。
    →社会の構造が理論に反映されている。
    人間は社会的存在であるので、社会が思考に制約、誘導をかける。
    例:個人主義と原子論、資本主義と進化論の自然選択説
    ・ その学問全体を支える。
    社会のもつ目的を科学が引き受けてそれに答える。(目的内在化)
    目的は明示される場合もある。
    例 多くのテクノロジー、医療
    しかし、目的が明確でない場合もある。
    ・問題設定を左右する。
    科学の内部での細かい問題の設定は、ある価値観に基づいて行われる。
    その問題の設定に研究者のもつ個人的な価値観が関与する。
    その価値観を、研究者は社会生活によって身に付けたもの。
    例:人種差の研究
    ・ 理論選択
    純粋論理的にはいろいろな可能性がある中で、どれかとりあえず一つの理論を選ぶ場合、そこには研究者の興味関心などが関係してくる。
    その関心は、社会の中ではぐくまれたものである。
    underdetermination of theory
      ある一群の現象を説明する理論は一通りではない(決定されていない)のに、研究者はその中から一つを選んでいる。
    ・理論の受容者の立場を通して
    科学者共同体の価値観によって、理論の広がり方は異なってくる。
    科学者共同体は、社会性をもった組織として、他の社会集団と関わっている。
    したがって、共同体はそれ独自の利害関心をもっており、それはその共同体が存在している社会のあり方に依存している。
    ・ 科学の制度化を通して
    制度化においては、社会の価値観が如実に反映される。
    何が研究、学校教育に相応しい知識であると考えられているか、が制度として科学知識に影響される。
論争の終結に関する分類
    関心の喪失による終結
    力による終結
    合意による終結(実質上論争が起こらない)
    妥当な議論による終結(科学的な論争による)
    交渉による終結(科学的な次元を越えた論争による)
グリッド・グループ理論の適用
    グリッド:内と外の結びつきの大きさ
    グループ:集団形成力
    (グリッド、グループ)=(小、小)(大、小)(大、大)(小、大)
    社会類型=個人主義、孤立した従属、帰属的階層性、党派主義
    変則例認知型=同化,包摂,調整,排除
フェミニズム科学批判(Helen Longinoを例として)
    主張1
    証拠としての関係は因果的な関係とは切れている。世界における出来事がどのように他の出来事と因果的につながっているかということと、あるものの証拠として何が説得力のあるもので何がそうでないものかということは完全に別のこと、あるいは無関係なことである。何が何の原因であるかということは、その他の信念すなわち背景的な信念によって変わってくる。
    反論
    証拠としての関係はアプリオリなものではない。しかし、だからといって科学的な仮説の確証において因果的な関係が一切役割をはたさないというわけではない。
    主張2
    私たちは社会的にもたらされた信念の罠から抜けることができない。客観的な現実について学ぶというのは、達成できない目標である。というのも、私たちはみんな、社会という殻を破ることはできないからである。したがって、科学的な研究の対象は自然ではなく、「ある記述のもとでの自然」である。この自然の記述は、安定した(しかし不当な)社会的な伝統や実践からくる組織化された形のバイアスによって歪められている。
    反論
    こういったことが起こりうることを否定する人はいないだろうが、それが現実的にどれほど行われているかが問題。
    具体例1 人類学から
    androcentricな仮説:hunter仮説「知的な類人猿における道具作成の発達は、アフリカのサバンナの獰猛な獣を殺すための武器が必要だった男のhunterによる。」
    gynecentricな仮説:gatherer仮説「知的な類人猿における道具作成の発達は、珍しい食べられる植物を見つけだして刈り取るために道具が必要だった女性のgathererによる。」
    考古学的な証拠は自分の説を支持するように解釈される。
    具体例2
    出生前ホルモン異常(CAH):アンドロゲンが子宮内で過剰に分泌される。
    これが行動的な差異を生み出すという考え方について。
      動物実験を人間に適用できるのか。
      行動傾向を示すtomboyという言葉が中立の言葉ではない。
      CAHの女性の実際の行動のうち、男性的な行動として期待されるものに特に目を付けてしまうという傾向になっている。