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このような多様な素粒子があるのにもかかわらず,それらが 私たちの身の回りに見当たらないのはどうしてでしょうか。 身の回りの普通の物質は原子で,それらは,この表でいえば, 第1世代の粒子である, u,d クォークと電子だけからできています。
ゲージ粒子については,力として現れているので,クォークと レプトンについて説明します。ニュートリノとそれ以外のものと では少し状況が異なります。

素粒子はエネルギーと量子数に関する保存則さえ満たせば, 他の粒子(群)に変化することができます。 エネルギーEは質量をm,光速度をcとすると, 相対性理論により,E=mc2 の関係があるので, 質量で考えても構いません。 例としてミューを考えます。この粒子は2マイクロ秒(2x10-6秒) で,電子とニュートリノに崩壊してしまいます。 質量の値を見てもらえば分るように,この崩壊はエネルギー的に許されて います。

mu-decay

それでは電子はどうして安定なのでしょうか。それは,電子よりも 軽く,電子の持つ量子数(例えば電荷−e)を持つ粒子(群)が存在しない からです。 u,d クォークと電子以外の粒子は不安定で,ある寿命で崩壊してしまいます。 ゲージ粒子も粒子と考えれば,光子以外は不安定です。 これが,各種の「重い」素粒子が私たちの身の回りに見かけられない理由です。

ところで,このように「短い」寿命で(ミューは2x10-6秒) 崩壊するものを粒子と呼んで良いのか,という疑問を持たれると 思います。
時間が短い,長いという絶対的な基準はありません。 しかし,そのプロセスに特徴的な時間があり,それを基準にして 長短を考えることは意味があります。
人間にとっては1秒というのが,多分,1つの動作をする際の基準的 な時間でしょう。一歩あるく,一言しゃべる,一口食べる,といった 動作です。1秒に1m歩くと1時間では約4km進みます。だから 1時間は結構「長い」時間です。1時間アイスクリームを持って歩いたら 多分溶けて流れてしまうでしょう。アイスクリームはこの基準で 不安定です。しかし靴や服は,その程度では変化せず安定です。 でも同じ服と靴で10年歩けば,相当壊れてくるでしょう。
素粒子の世界では,1つの動作をする時間にあたる長さは, 約10-24秒です。(この値は,素粒子世界の 基本的な長さが10-15m程度で,そこを光の速度に 近い速度で素粒子が運動しているとして出しています。 私たちが1秒程度で隣の部屋に移動できることに対応しています。) これに比べてミューの寿命は十分長いのです。

なお,この寿命というのはあくまでも平均的な寿命です。 不安定な素粒子がいつ崩壊するかは,純粋に確率的な現象であって, 個々の粒子については予測不可能です。その平均的な値だけが 分っているということを断っておきます。

また,この素粒子の崩壊などの変換についてコメントしておきます。 崩壊というと,袋の中に,いくつか部品があって,それが袋が 破けてばら撒かれるようなイメージを持つことがありますが, 今の場合それは誤りです。化学変化では,例えば,塩(NaCl)が NaイオンとClイオンになるというとき,始めから,NaClの中に NaとClがあって,それが分離したわけです。 素粒子の反応は,このようなイメージとは全く異なります。
素粒子はその言葉どおり内部構造を持ちません。 素粒子の崩壊では,最初にあった粒子が完全に消滅し, その代わりに別の粒子(群)が創生されるのです。 このあたりは,古典力学的な見方では理解できません。量子力学と 近代的な真空/場の考え方に基づく把握が必要となります。

neutrino 次にニュートリノです。 ニュートリノは崩壊しませんが,あまり身の回りにはないように 思われます。 これには相互作用(力)が関係します。 我々の周りの物質は原子からできていますが,原子が壊れずに まとまっているのも,原子が組み合わさって物質を形づくって いるのも,その間に電磁気力というしっかりとした力が働いているから です。各種の「もの」の安定性は電磁気力という強力な力の おかげなのです。(なお,地球のように巨大なものとなると,重力が それをまとめ上げていることになります。)
ところが,ニュートリノは表をみるとわかるように弱い力しか 働きません。このため,物質との作用が弱く,通常の物質中に とどまらずにどこかへ飛び散って行ってしまうのです。 ニュートリノは質量が0に近いので,光速に近い速度で運動しています。 そして,地球でも容易につきぬけてしまいます。
この「地球でもつきぬける」という話を聞いて,ニュートリノは危険なの ではないかと誤解する人がいます。 物質は原子からできていますが,その間は何もなく,電磁気力に 影響を受けない粒子にとって物質は「すかすか」なのです。
人ごみの中をすばやく通り抜けることを考えます。 乱暴な人は,通行人を片っ端から殴り倒して通り抜けるかも知れません。 もちろん,これは危険な方法です。銃弾が板を貫通するときの方法です。 しかし,通行人に触れずに,その隙間をすり抜けて,通り抜けることも できます。これは危険ではありません。ニュートリノが地球を通り抜ける のはこの2番目のやり方なのです。 実際,ニュートリノは宇宙から,太陽から,上層大気での宇宙線の 生成物から,地上の原子炉から,地下の放射性物質から,などの源から 多量に放出されており,今現在もあなたをいくつかのニュートリノが通過 していっている筈です。でも何の害もありません。あなたを構成する 原子のどれにも「触れずに」通り抜けているはずです。