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強い相互作用はクォークとグルオンの世界を記述します。 これらの粒子は色(カラー)と呼ばれる「強い電荷」を持っています。 このため,その力学は,Qunatum-Chromo-Dynamics(量子色力学: QCDと略す)と呼ばれます。

これらのカラーを持った粒子は独特の性質を持っています。 それは,カラーを持つ状態は単独では測定されず,複数の粒子が 集まって全体として「無色」となった状態だけが粒子として観測される というものです。 (注釈:ここでの「カラー」とか「無色」というのはあくまで例えで あって,実際に我々が目で見る色とは関係ありません。 クォークとグルオンの世界が持つ,数学的にSU(3)群と呼ばれる対称性を このような言葉で比喩的に表しているだけです。)

実際に測定ができるのは,陽子や中性子を含むバリオン(重粒子)と 呼ばれる粒子と,πやKといったメソン(中間子)と呼ばれる粒子です。 バリオンは3つのクォークから,メソンはクォークと反クォークから 成り立ちます。バリオンとメソンを総称してハドロン(強粒子?かな。 あんまり訳を聞いたことが無い?)と呼びます。

そうは言っても,そのハドロンを分解したらクォークが取り出せるのでは ないかと考えるかもしれません。 しかし,それはできないのです。 似たような例として,磁石を考えてください。磁石には N極とS極があります。棒磁石を切ってN極だけをとりだそうと したとします。すると,切断面にまた磁極が現れて,結局2つの 磁石が手元に残ります。

magnets

ハドロンも同じです。 それを分解するには,あるエネルギーを加える必要があります。 すると,結果的にクォークと反クォークが色の場から創生されて, 2つのそれぞれ「無色な」ハドロンとなってしまうのです。

mesons

さて,この強い相互作用は名前のとおり,結合定数が大きいので 電磁気力などと比べて,あまり摂動展開にむいていません。 ところが,この色の結合定数は面白い性質を持っています。 素粒子同士の結合の強さを,それぞれのエネルギーのスケールでの 有効相互作用として表すと,高エネルギーにいくほど,結合定数 が小さくなります。 このことを「漸近的自由(Asymptotic Freedom)」と言います。 逆に,エネルギースケールが小さくなると,有効結合定数は 大きくなり,摂動展開は無効となります。このことが, 前に述べた,色のある粒子を単独で取り出せないという性質に 関係しています。

高エネルギーでは,漸近的自由により,結合定数が小さくなり, 摂動展開が使えます。この領域を調べるのが「摂動QCD(p-QCD)」です。 なお,詳しくは述べませんが,ハドロンの静的な性質(質量など)の 研究には摂動が使えないので,別の方向からのアプローチである, 格子化されたQCDの研究が理論と大規模なコンピューターシミュレーション を併用して進められています。

p-QCDの分野で,私が興味を持って進めているが,ジェット計算法による 高エネルギージェットの研究です。 高エネルギー反応では,摂動的な粒子描像でクォークとグルオンを 扱うことができます。これらをまとめてパートンと呼びます。 パートンはp-QCDに従って,さまざまなジェットを生成します。 その分布を実験と理論の間で比較することが,各種の物理的プロセス を調べる上で重要となるのです。

jets

パートンのジェットの模式図です。 このように,高エネルギーでは,多数のパートンが生成されます。 青い矢印はクォークで,逆向きの矢印は反クォークを表します。 グルオンが赤い線です。 最終的にこれらはハドロンに転化して測定器で測定されます。

P-function

個々の分岐過程はp-QCDで計算することができます。 例えば,運動量pを持つクォークのクォークとグルオンへ 分岐を表す関数がこの式です。

xは親のクォークが持っていた運動量がどの割合で2つの「子供の」 パートンへ配分されるかを表します。 αs は強い相互作用の有効結合定数で,摂動論の展開パラメタに なっています。

分岐過程で計算できるような説明のしかたをしていますが, 量子力学を知っている人は不思議に思うでしょう。 このような素粒子反応は量子力学が適用されるはずで, そのときには振幅同士の間の干渉項が存在するからです。 実は,この点がジェット計算法のポイントになります。いま, 計算はゲージ変換の自由度を利用して,物理的ゲージと呼ばれる ゲージで展開されます。このとき,確かに干渉項は存在しますが, 対角項に比べて,大きな対数因子 log Q の分だけ小さくなっています。 ここで Q は考えている高エネルギー過程のエネルギースケールです。 ジェット計算法で利用されている摂動計算は 単純な結合定数αs に関する展開ではなく,αs と対数因子 log Q を両方考えて,その主要項だけを拾い出す計算法になっています。 もちろん,それは近似計算ですが,エネルギーが高いほど, 良い近似になっています。

上で与えたP(x)関数は,対数因子 log Q で見たときの最低次の ものです。私と共同研究者の研究では,このP(x)関数の次の次数の ものを計算することを行っています。 終状態のパートン発展(time-like evolution)に関する計算はかなり前に 終了し,さらに,その計算結果を使って,電子と陽電子が衝突したときに 発生するジェット現象を再現するモンテカルロ・シミュレーションの プログラムNLLjetを開発し,実験結果の解析を行いました。

現在行われているTevatron実験や,2007年ころから始まるLHC実験など では,陽子と陽子の衝突現象を分析する必要があります。 このためには始状態のパートン発展(space-like evolution) に関する結果が必要となります。 このための基礎的な計算が最近終了しました。 全体を組み上げるためには,もう少し,考察が必要なのですが, これらの実験での高エネルギージェット現象を記述するための モンテカルロ・シミュレーションのシステム開発へ向けて 研究を進めている段階です。


以下続く...(予定)