非凡なる凡人のモデル(2) 街道をゆく36巻に引用してあった谷林博著「青年時代の国木田独歩」 がほしくてたまらない。インターネットで探して神田の書店街に行った。 首尾よく入手でき、桂糺(かつらただす)の事績についてくわしく知る ことができた。 自伝にいわく「予ガ電気工学ヲ攻ムル当時は日本帝国猶ホ電灯電信電 話ノ術アリシト雖共電動機水力電気電気鉄道等ハ帝国ニ殆ンド絶無ノ時 機ナリシナリ、即チ時機甚ダ適切ナリシナリ・・・」電気工学を勉強し たことは、先見の明があったと言っているのである。 横浜船梁会社電気工場及び発電所電気設備、横浜工業学校電気学科、 を経営した。さらに九州の小倉、門司、五島の福江などの会社に勤務し て、最後は松山市中村町に移り、伊予鉄道電気技師となった。51才で 没した。長男の桂精作氏、四女の中谷良子氏がおられる。