非凡なる凡人のモデル
司馬遼太郎の街道をゆく第36巻「本所深川散歩・神田界隈」の
神田界隈の中に「明治の夜学」という章があり、「非凡なる凡人」
の主人公の話が書いてある。
手始めに紹介してあるのが、「図形一つに取組む師弟夜学灯」と
いう俳句である。
「まことに素直な夜学の句で、型どおりの感動があらわれてい
る・・・」
「ただ、”図形一つ”によって工科系統の夜学だということが
わかる。工科の教育には大小の道具が必要で、その道具の使い方は、
教わらねばわからず、教わってはじめて生涯のめしのたねになる。
夜学生の人生の息づかいまであらわれているといえば、よみとりす
ぎだろうか。」
それから話は国木田独歩と「非凡なる凡人」のモデルの桂糺の紹
介になる。本人が自身を
「予ヤ真固ノ明治子ニシテ全然武ヲ知ラズ世界文明ノ子ナリ」
と規定している。
神田の話に出てくるのは、工手学校入学前に、数学を勉強して
いたからである。
「具ニ艱苦ヲ嘗メテ遂ニ電気工学ヲ専攻シ是レヲ以ッテ渡世ノ
術トナス。」
横浜九州松山と技師を勤めて51才で没している。
司馬遼太郎は「明治の夜学の功をたたえた」のである。皆様ぜ
ひ御一読賜りたい。
これに従って二十五年記念工手学校一覧を開いて電工学科第十
八回(明治31年2月12日)卒業生の中に山口県出身桂糺の名が
あるのを確かめることができた。