単純CTによる急性肺塞栓早期発見のためのAIモデル

1. 研究背景・方針

急性肺塞栓症(PE)は、肺動脈に血栓が詰まることで引き起こされる極めて致死率の高い疾患である。診断には「造影CT検査」が不可欠だが、腎機能障害を持つ患者への造影剤投与リスクや、緊急時における検査の準備時間といった課題が存在する。そのため、造影剤を使用しない「単純CT(Non-Contrast CT: NCCT)」のみでの早期発見アプローチが望まれている。

卒業研究では、単純CT画像から「仮想的な造影CT画像」を生成(Pix2PixやCycleGAN等)した上で血栓を検出する手法を試みた。しかし、GANを挟むアプローチは、存在しない血管構造を描出する「幻覚(ハルシネーション)」のリスクを伴うため、実運用は困難であることが確認された。

【本研究の新方針】
医療安全の観点からAIのハルシネーションのリスクを排除するため、本研究では仮想造影画像を経由せず、単純CT画像からダイレクトに肺塞栓(血栓)を同定するディープラーニングモデルの開発を進めている。

2. 単純CTにおける血栓と正常血管の分析

単純CTから直接血栓を同定するためには、造影剤のない状態における「血栓部分」と「正常な血管(血液)部分」のわずかなCT値(濃淡)の差異を判別する必要がある。

現段階では、素人目でも血栓の判断が容易な複数の症例を対象に、血栓領域と正常血管領域の手動セグメンテーション(マスク付与)を行い、CT値の分布(ヒストグラム)を詳細に解析した。

単純CT画像(マスクなし)
(a)単純CT画像(マスクなし)
単純CT画像(マスクあり)
(b)セグメンテーションマスク付与後
図1. 単純CT画像におけるCT値の領域設定の例(赤:血栓部分、青:正常血管部分)

スライス位置による濃度変化と「重なり(オーバーラップ)」の課題

解析の結果、単一の症例内であっても、血栓(PE)と正常(Normal)のCT値は30〜50HU(ハウンズフィールド単位)付近で大きく重複していることが明らかになった。

同一症例内でのCT値ヒストグラムの重複
図2. 同一症例における病変(PE)と正常組織(Normal)のCT値分布

3. 今後の展望と取り組み

単純CT画像における「血栓」と「正常血管」のCT値分布は、患者単位において単純な閾値処理では分離不可能なほど重なり合っている。しかし、スライス単位で見ると明らかに分離しているスライスとオーバーラップが大きいスライスが混在している。

今後は、患者の副次的情報を考慮に入れつつ、この広範なオーバーラップと個人差を克服し、ハルシネーションを起こさない高精度なAIモデルの構築を目指す。