過去の研究会の記録

公開研究会案内:科学言説研究プロジェクト第7回公開研究会「SF研究の新たな地平」(終了)

日時:2010年3月13日(土曜) 午後2時30分〜6時

場所:工学院大学 新宿校舎27階2710共同セミナー室
  1階または地下1階から高層階用エレベーターで27階までお越し下さい。   http://www.kogakuin.ac.jp/map/shinjuku/index.html

〔プログラム〕

14:30 [発表]タヤンディエー・ドゥニ「ナノテクノロジーとSF、架空の科学と真のフィクション」

15:30 [講演]長山靖生「古典SFと近代日本の想像力」

16:45 [討議]コメンテーター:小林敦

※ 散会後、懇親会を予定しております。

[発表要旨]

タヤンディエー・ドゥニ「ナノテクノロジーとSF、架空の科学と真のフィクション」
 ナノテクノロジーという分野は近年飛躍的に発展している。人間社会の目覚しい進歩と豊かな未来を予言している出版物もあれば、ナノテクノロジーによる危険性を強調する科学者、また、技術に恐怖を感じる人々も多数いる。つまり、ナノテクを取り囲む見解は極端であり、肯定的なユートピアと否定的なディストピアしか目だっていない。これらの極端な見方はSFのレトリックを駆使しており、ナノテクノロジーとSFとの境界線を漠然としたものにするという点は既に数名の研究者に指摘されている。しかし、「SFはただのフィクションであること」と「科学は、フィクションではないこと」という二分法を乗り越え、想像力と現実との相互作用を意識すれば、SFは、ナノテクによる社会的影響の討論に大いに貢献できるだろう。ロペス(Jose Lopez)の「文学というジャンルとしてのSFは、ナノテクノロジーに関する文献よりも批判の余地を与える」というコメントを文字通りに受け止め、SFを通して、その批判の余地を探ることは有益なのではないだろうか。日本SFといえば、近年ナノテクを題材とした木城ゆきと『銃夢』という漫画などが、国境を越え、アメリカやヨーロッパなどで反響を呼んでいる。ナノテクの社会的影響を反映し、大衆にこれを紹介し関心を呼び起こしたため、こうした社会性を持った作品に触れる意味があると思われる。
※タヤンディエー・ドゥニ氏は、フランスのリヨン第三大学大学院博士課程院生。修士論文は「サイエンスフィクションを通じて、ナノテクノロジーを巡る検討――星新一の短編『おーいでてこーい』におけるナノテクノロジーの象徴について」。現在、日仏共同博士コンソーシアムのプログラムで慶応大学に留学中。

[講演要旨]

長山靖生「古典SFと近代日本の想像力」
 SFというジャンル概念は1920年代に生まれたが、この概念に合致する作品はそれ以前から書かれていた。日本でも明治期には科学技術や社会制度が進歩した未来あるいは異世界を舞台にした作品が書かれている。また社会科学上の仮説や空想を取り入れたユートピア小説、未来を空想するのと同様の手法で架空の過去を物語る偽史フィクションも大衆的な人気を博した。
 拙著『日本SF精神史』で論じたように、日本の古典SFは欧米の同系統作品の影響を受けつつも、日本の国状や歴史的条件の下、独自の展開を見せた。主にアメリカSFの影響ではじまったと見られがちな戦後SFも、その戦前の古典SFと連続性を保持していた。古典SF研究は、従来の文学観からは評価される機会が少なかった政治小説、科学小説、冒険小説、奇想小説などに光を当てるためのひとつの評価軸となり得る。それはまた近代日本が内容していた想像力の多様性と特性を解明するうえでも有益だろう。
※長山靖生氏は、評論家。著書に『日本SF精神史』(河出書房新社)、『テロとユートピア』(新潮社)、『奇想科学の肖像』(平凡社新書)、『偽史冒険世界』(筑摩書房)など。

[コメンテーター紹介]

※小林敦氏は、東京都立大学大学院博士課程退学。論文に「《不可視》の肖像、《潜在》への視線――海野十三「赤外線男」小論」(「論樹」第15号)、「かくも永き神の不在に、セカイを語るということ」(『オカルトの惑星――1980年代、もう一つの世界地図』)など。

公開研究会案内:科学言説研究プロジェクト第6回公開研究会「サイボーグと現代日本」(終了)

日時:2009年6月21日(日曜) 午後3時〜6時

場所:工学院大学新宿キャンパス B−0430教室
  (中層棟4階、赤扉のエレベーターで4階おこし下さい)
  http://www.kogakuin.ac.jp/map/shinjuku/index.html

〔プログラム〕

「サイボーグ表象と自己の変容」
浅見克彦(和光大学)

「サイボーグ化は何をもたらすのか」
高橋透(早稲田大学)

〔報告要旨〕

浅見克彦「サイボーグ表象と自己の変容」
サイボーグ表象には、テクノロジカルなネットワークに浸されて生きる、私たちの現実が投影されている。ただしそれは、映画やアニメが、変容しつつある自己の客観的真実を正確に描写しているということではない。むしろそこには、客観的真実に反する事柄と、論理的に矛盾した事態が数多く含まれている。『攻殻機動隊』の「ゴースト」にも、『スカイクロラ』の「キルドレ」にも、理詰めでは割り切れないある種の「飛躍」が潜んでいるのである。重要なのは、こうした物語上の「亀裂」を分析することを通じて、その背景に啓蒙以来のヒューマニティの理念が衰微しつつある現実と、そうした現実の前で不安と恐れを抱く自己の意識が透かし見えることではないだろうか。サイボーグ表象は、現代文化を生きる自己の姿を映し出す鏡になっていると言ってよい。この鏡像を通じて自己のありようを自覚した人間は、自由や自律といった理念を軸とした自己理解を変容させてゆくに違いない。人間のサイボーグ化にともなう自己の変容は、決して人間の客観的なありようの変化のみに尽きるわけではなく、こうした自己像の変容を介した人間の存在様式のシフトとしてとらえられるべきなのである。
※報告者は、和光大学表現学部教授。著書に『消費・戯れ・権力』(社会評論社)、『SF映画とヒューマニティ』(青弓社)などがある。

高橋透「サイボーグ化は何をもたらすのか」
 1980年代に、アメリカの哲学者ダナ・ハラウェイは、人間/機械/動物のあいだの境界の曖昧化を「サイボーグ」と名づけた。21世紀になってから、ブレイン・マシン=インターフェイス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーといった先端技術は、こうした曖昧化の具現化の推進力となっている。現在すでに私たちは、情報通信技術や、ユビキタスといったテクノロジーによって支援されているが、今後、私たちの生は、ますますテクノロジーなしには成り立たなくなっていくであろう。
拙著『サイボーグ・フィロソフィー』で論じたように、上述の先端テクノロジー群は、人間のサイボーグ化を通じて、個体という、人間の生物学的前提、そして死すべき人間というパラダイムに対して今後揺さぶりをかけていくであろう。そのとき、人間という概念、ならびにその実質的なあり方は、多大な変更を被らざるをなくなると考えられる。サイボーグ化を通じて私たちは何をしようとしているのであろうか。サイボーグ化は何をもたらすのであろうか。
※報告者は、早稲田大学文化構想学部教授。著書に『サイボーグ・エシックス』(水声社)、『サイボーグ・フィロソフィー』(NTT出版)、訳書に『サイボーグ・ダイアローグズ』(水声社)などがある。

参加費:無料。どなたでも参加できます。散会後、懇親会も予定しております。

後援
工学院大学エクステンションセンター

公開研究会案内:科学言説研究プロジェクト第5回公開研究会「弄ばれる科学:身体と見えないものの近代」(終了)

日時:2009年2月14日(土曜) 14時〜17時30分

場所:工学院大学 新宿キャンパス26階2610室
  http://www.kogakuin.ac.jp/map/shinjuku/index.html
  ☆ 今年もまた初めての階ですので、ご注意下さい。
     エレベータは、25・27階に停まります。

〔プログラム〕

14:00
 〔報告〕金凡性(東京大学)
 「「健康の元」を分配する機械―昭和初期の紫外線発生装置を中心に」

15:00
 〔報告〕岩崎秀雄(早稲田大学・先進理工,科技機構さきがけ)
 「バイオリズム・ブームとは何だったのか:生命リズムの科学・文化誌」

16:20
  討議
  コメンテーター:姜竣(城西国際大学)

※ 散会後、懇親会を予定しております。

〔報告要旨〕

金凡性「「健康の元」を分配する機械―昭和初期の紫外線発生装置を中心に」(仮)
 1933年、推理作家の海野十三は小説『赤外線男』の話者に「紫外線治療って誰もが知っている」と言わせていた。一方、物理学者の寺田寅彦は「世間で科学というのはラジオとか飛行機とか紫外線療法」とも述べていた。1920年代以降、紫外線が「健康の元」とも表現されるなか、紫外線を人工的に発生させる国産の「人工太陽灯」も開発・発売されていた。また、紫外線を生産・制御・運搬できる新技術は、「健康の元」を公平に分配する手段の一つとしても位置づけられていた。現在は紫外線が健康と美容を害する存在として認識される傾向があるが、紫外線に関する言説は不変的・普遍的なものではない。本発表では、科学史の観点から、昭和初期の日本において紫外線に関する科学言説がどのような文脈で生成・変化していたのかについて話題提供しようとする。
*報告者は、東京大学特任助教。
著書に『明治・大正の日本の地震学―「ローカル・サイエンス」を超えて』(2007年 東京大学出版会)、論文に「紫外線をめぐる知識・技術・言説」(『現代思想』2007年10月号)などがある。

岩崎秀雄「バイオリズム・ブームとは何だったのか:生命リズムの科学・文化誌」
 1970〜80年代,日本やアメリカを中心に「バイオリズム」と称する,疑似科学的な生命リズム理論が巷でブームになった。バイオリズム理論では,誕生日を起点として,知性,体力,感情が,それぞれ特定の日数で周期的に変動するとされ,バイオリズム予測と呼ばれる一種の占いに根拠を与えていた。生物学的には荒唐無稽と思われるこの学説は,全盛期には,警察,自衛隊,交通組合,企業,スポーツ界などで盛んに取り上げられ,アメリカのバイオリズム入門書には,日本があたかも「バイオリズム立国」であるかのように喧伝されたことすらあった。 興味深いことに,このバイオリズム理論の成立の背景には,19世紀末の錯綜する生命リズム・ブームがあり,さらに1960年代以降の日本における大衆的な普及過程は,生命科学概念として市民権を得ている「生物時計(体内時計)」概念の社会受容過程とパラレルであった。むしろ,体内時計概念は,バイオリズム理論としばしば混同(ないし援用)され,ときにはそれを通じて(あるいはそれとの対比によって)広まったという側面がある。
 こうした事例は,生命やリズムに関する社会・歴史・文化的諸条件やメタファーを読み解く格好の素材であり,それらは今なお私たちの生命観やリズム観と無縁ではないと思われる。
*報告者は、早稲田大学理工学術院准教授。科学技術振興機構さきがけ研究者兼任。
 専門は、時間生物学、微生物学、バイオアート。専門領域における論文多数の他、「生命リズムへの複眼的まなざし」(『科学』2005年12月号)など、生命文化誌的な著述も行う。それらの一部は、下記のサイトから読むことができる。
http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/
また、切り絵作家として創作活動も行う。(下記参照)
http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/papercut.html

〔コメンテーター紹介〕

姜 竣(城西国際大学准教授)民俗学・文化人類学・表象文化論
 著書に『紙芝居と〈不気味なもの〉たちの近代』(青弓社)、共著に『マンガの昭和史』(ランダムハウス講談社)、論文に「絵の〈声〉の聴き方」(『文学』5巻2号、岩波書店)などがある。

科学言説研究プロジェクト第4回公開研究会「UMAのいる科学史」(終了)

日時:2007年12月9日(日)

14:00  〔報告〕下坂英(東洋英和女学院大学)

「未発見動物の歴史―大海蛇殺しとしてのリチャード・オーウェン―」

報告要旨:「大海蛇」(sea serpent)とは、昔から目撃談のある、巨大で細長い、未知の海洋動物である。この大海蛇について、19世紀にその実在性をめぐってイギリスなどで論争が起こった。この論争について、動物学者リチャード・オーウェンの主張などに注目しながら、見直してみたい。その後の、マスコミにおける大海蛇の取り上げられ方についても考えたい。また、日本では、なぜ大海蛇は話題にならないのか、皆さんのご意見もお聞きしたい。

※報告者は東洋英和女学院大学人間科学部教授。専門は科学史(特に地質学史)・科学論。論文に「未確認動物学」(科学見直し叢書1『科学と非科学のあいだ』木鐸社)、「進化論のプリンスの「受難」―スティーヴン・ジェイ・グールド」(『科学史の事件簿』朝日新聞社)、「日本において「創造論現象」は、どう理解されてきたか?」(「生物学史研究」第75号)などがある。

休憩(コーヒーブレイク)

15:30  〔報告〕伊藤龍平(南台科技大学)

「未確認動物の民俗学―忘れられたツチノコたち―」

一九七〇年代の未確認動物ブーム以来、ツチノコといえば「幻の蛇」というイメージが浸透している。しかし、ブーム以前のツチノコは、今日の定義でいう妖怪にあたる存在であった。本報告では、ブーム以前と以後のツチノコ像を、文献資料や民俗資料を用いつつ紹介・考察し、妖怪から未確認動物へという道筋を辿ってみたい。

※報告者は台湾・南台科技大学人文社会学院助理教授。専門は日本近世文芸・口承文芸。著書に『江戸の俳諧説話』(翰林書房)、論文に「ツチノコの本地―妖怪から未確認動物へ―」(「世間話研究」第10号)、「ツチノコ論序説―妖怪・幻獣・未確認動物―」(『日本人の異界観』せりか書房)、「ツチノコも繁殖する―「恐怖」から「愛玩」へ―」(『妖怪は繁殖する』青弓社)などがある。

16:30   討議(コメンテーター:齊藤純、菊地原洋平)

〔コメンテーター紹介〕

齊藤純(天理大学文学部教授)日本民俗学・民間説話研究

論文に「妖怪と怪獣」(常光徹編『妖怪変化 民俗学の冒険3』ちくま新書)、「法螺の怪―地震鯰と災害の民俗のために―」(筑波大学民俗学研究室編『心意と信仰の民俗』吉川弘文館)、「どうして桃太郎に出生地があるのか?」(小長谷有紀編『「大きなかぶ」はなぜ抜けた?―謎とき 世界の民話』講談社現代新書)などがある。

菊地原洋平(九州工業大学非常勤)科学史

論文に「パラケルススの植物観にみる形態と象徴―西欧近代初期における錬金術と本草学への一考察―」(「モルフォロギア:ゲーテと自然科学」第24号)、「西洋中世における架空種族論の集大成―ハルトマン・シェーデル,『年代記』(1493)の考察―」(「生物学史研究」 第76号)などがある。

本研究会は、日本科学史学会生物学史分科会の2007年度シンポジウムを兼ねています。関連論文が『生物学史研究』80号に掲載されました。

科学言説研究プロジェクト第3回公開研究会(終了)

日時:2006年12月16日(土曜)午後1時〜5時30分

場所:工学院大学新宿キャンパス24階2410共同セミナー室

〔プログラム〕
 13:00
  〔発表〕安齋順子(明海大学外国語学部専任講師)
  「犯罪者と科学的まなざし―寺田精一と心理学―」
 13:50
  〔発表〕竹内瑞穂(名古屋大学大学院文学研究科博士課程)
  「存在証明としての「変態」―『変態心理』・『変態性欲』読者とそのモチベーション―」
 14:40
  〔発表〕小倉めぐみ(一橋大学大学院社会学研究科博士課程)
  「1920年代アメリカ大衆社会におけるフロイト及び精神分析の受容について」
 15:30
   休憩(コーヒーブレイク)
 16:00
    〔講演〕井山弘幸「科学者の虚像と実像〜文学のなかの科学者像」

〔講演者紹介〕
 井山弘幸氏は、新潟大学人文学部教授。専門は科学思想史。著書に『偶然の科学誌』(大修館書店、1995)、『鏡のなかのアインシュタイン』(化学同人、1998)、『お笑い進化論』(青弓社、2005)など、訳書に『ハインズ博士「超科学」をきる―真の科学とニセの科学をわけるもの』などがある。

どなたでも参加できます。散会後、懇親会も予定しております。

本研究会は日本学術振興会・科学研究費補助金交付課題「近代日本における科学言説の浸透と変容をめぐる文化研究」(研究課題番号16520111)、並びに工学院大学・総合研究所プロジェクト研究費交付同題課題による活動の一環として企画したものです。

〔発表要旨〕
「犯罪者と科学的まなざし―寺田精一と心理学―」
安齊順子(明海大学外国語学部専任講師)臨床心理学・教育心理学・心理学史
寺田精一は東京帝国大学において心理学を専攻し、元良勇次郎の指導を受けた。巣鴨監獄の囚人についての研究や「囚人の心理」「婦人と犯罪」などの著書、論文を残した。寺田の登場によって犯罪者への理解がどのように変容したかを考察する。

※発表者には、分担執筆の著書に『学校臨床心理学』(小林朋子編、文化書房博文社)、『現代カウンセリング事典』(国分康孝編、金子書房)、論文に「第二次世界大戦後の日本臨床心理学の萌芽―鈴木清を中心に―」(鈴木朋子他と共著、「心理学史・心理学論」7-8合併号、2006)、「草創期の日本の精神分析」(妙木浩之と共著、「精神分析研究」48、2004)などがある。精神医学史学会、日本心理学会内心理学史研究会、日本心理臨床学会所属。臨床心理士。

「存在証明としての「変態」―『変態心理』・『変態性欲』読者とそのモチベーション―」
竹内瑞穂(名古屋大学大学院文学研究科博士課程)日本近代文学・文化学
本発表では、大正期「変態」ムーヴメントの中心的雑誌『変態心理』と『変態性欲』の読者らが、如何に「変態」概念を捉え、消費していたのかを論じる。読者アンケート及び同性愛者たちの投稿の分析を通じ、読者らの「変態」概念への欲望とその背景を明らかにしてみたい。

※発表者には、口頭発表に「「文壇人」による「変態」概念の消費と再生産―雑誌『変態心理』のアンケート記事を中心として―」(日本文学協会第26回発表大会、2006)〈現在、論文化中〉がある。

「1920年代アメリカ大衆社会におけるフロイト及び精神分析の受容について」
小倉めぐみ(一橋大学大学院社会学研究科博士課程)アメリカ大衆文化史
第一次世界大戦での戦勝、空前の経済成長も加わって、映画やダンスホールなどの大衆文化が花開いた時代の「フロイト・ブーム」を、当時発行された雑誌を題材に、どのようにフロイトが大衆向けに説明されているのか、またそれに対して読者はどのような反応を見せたかを検証していく。

※発表者には、口頭発表に「両大戦間期アメリカ大衆社会におけるフロイト受容について―当時の出版された大衆雑誌及び専門雑誌からの考察」(第53回日本科学史学会、2006)、論文に"The Great Kanto Earthquake: A natural disaster and people’s reactions on the way of modernization,"(Historia Scientiarum vol.16 no.1、2006)、"Modern Girl and Japanese women: Cultural image and reality of women in the 1920s Japan," Charlotte Historical Studies 7:4、2002) などがある。

科学言説研究プロジェクト第2回公開研究会(終了)

日時 : 2006年2月19日(日曜) 午後2時〜5時30分
場所 : 工学院大学 新宿キャンパス27階2710共同セミナー室

発表:「林髞(木々高太郎):パブロフ学説の導入と頭のよくなる法」
溝口元(立正大学社会福祉学部教授)発生生物学・生物学史・心理学史
 科学者が「正統的に」科学界へ専門情報を伝達する場合と、「わかりやすく」科学的言説を社会へ発信する際では、どのような相違がみられるのか。その事例を大脳生理学者で推理小説家でもある林髞(1897〜1969)のパブロフ学説の日本への導入と彼の「頭のよくなる法」に関する通俗本から検討してみたい。

発表:「昭和初年のフロイト・ブームについて」
曾根博義(日本大学文理学部教授)日本近現代文学
 大正時代に主として『心理研究』や『変態心理』等の雑誌を中心に紹介されてきた精神分析は、昭和に入って本格的な翻訳と応用が行われ、春陽堂とアルスから2種のフロイト全集が刊行されることになる。時あたかもマルクス主義全盛の時代であり、フロイト対マルクスの問題が思想上、文学上の一つの重要なトピックとして浮上してくる。そのあたりの事情を文献によりながら確かめておきたい。

〔コメンテーター〕
住家正芳(工学院大学非常勤講師)宗教社会学
小松史生子(金城学院大学助教授)日本近現代文学

〔講師紹介〕
 溝口 元(みぞぐち はじめ)立正大学社会福祉学部教授(発生生物学・生物学史・心理学史)。著書に『生命倫理と福祉社会』(アイ・ケイ・コーポレション)、編著に『通史・日本の心理学』(北大路書房)、共著に『生物学の歴史』(放送大学教育振興会)などがある。「生物科学」「心理学史・心理学論」「HistoriaScientiarum」編集委員。
 曾根博義(そね ひろよし)日本大学文理学部教授(日本近現代文学)。著書に『伝記伊藤整−詩人の肖像』(六興出版)、編著に『鑑賞日本現代文学27 井上靖・福永武彦』(角川書店)などがある。復刻版『変態心理』、『『変態心理』と中村古峡』−大正文化への新視角』(不二出版)編集委員。日本近代文学会代表理事。

〔コメンテーター紹介〕
住家正芳(すみか まさよし)工学院大学非常勤講師(宗教社会学)。共著に『〈宗教〉再考』(ぺりかん社)、論文に「宗教社会学理論における『市場』」(「宗教研究」346、2005)などがある。國學院大學COE研究員。
小松史生子(こまつ しょうこ)金城学院大学助教授(日本近現代文学)。論文に「三遊亭円朝『欧州小説黄薔薇』論−翻案と〈通俗〉、クロロフォルムというモチーフから」(「文学」3-4、2002)、「江戸川乱歩『幽霊塔』論−翻案テクストのストラテジー」(「日本近代文学」65集、2001)などがある。

科学言説研究プロジェクト第1回公開研究会(終了)
(日本科学史学会生物学史分科会2005年2月例会)

近代日本において科学的言説がどのように浸透していったか、文学的言説とどのような関わりあいが持たれたかを考察する共同研究プロジェクトの一環として公開研究会を開催します。どなたでも参加可能です。文学や科学史に限定せず、複合領域的な議論の場を作ろうという試みですので、興味のありそうな方がお知り合いにおられましたら、ご案内いただければ有り難く存じます。

日時:2005年2月11日(金曜・祝日) 午後3時〜6時30分
場所:工学院大学 新宿校舎27階2710共同セミナー室

発表「感染文学論−文学は科学の糧たり得るか」
奈良崎英穂(プール学院大学非常勤講師)日本近代文学
 明治以降の近現代文学は、様々な感染症を描いてきた。結核、ハンセン病、性病、そしてエイズ……。本発表では、主としてハンセン病とエイズ(及びそれをイメージさせる虚構の感染症)を描いたテクストに焦点を当て、それらの背後にある先端科学理論との関わりを探ってみたい。

発表「進化論の成立と日本における受容」
松永俊男(桃山学院大学教授)生物学史・進化論史
 本発表では、ダーウィン以前の進化思想(たとえば『創造の自然史の痕跡』など)からダーウィンの進化論への移りゆき、さらに進化論の日本への移入について概説する。とくに、日本の生物学者がごく最近まで、「進化」を研究対象としてこなかった事情について述べる。

〔コメンテーター〕
谷口 薫(工学院大学非常勤講師)哲学・フランス近現代思想
慎 蒼健(東京理科大学専任講師)東アジア科学史

〔講師紹介〕
 奈良崎英穂(ならさき ひでほ)プール学院大学非常勤講師 日本近代文学。論文に「〈癩〉=遺伝説の誕生−進化論の移入と明治文学」(「日本近代文学」63、2000)、「〈癩〉という他者−北條民雄『間木老人』『いのちの初夜』論」(「昭和文学研究」37、1998)、「〈耽溺〉に病む文士−泡鳴『耽溺』と〈梅毒〉神話」(「城南国文」17、1996)。ほか泉鏡花、三島由紀夫に関する論文などがある。
 松永俊男(まつなが としお)桃山学院大学教授 生物学史・進化論史。著書に『ダーウィンをめぐる人々』(朝日新聞社)、『近代進化論の成り立ち』(創元社)、『博物学の欲望−リンネと時代精神』(講談社現代新書)、『ダーウィンの時代−科学と宗教』(名古屋大学出版会)などがある。日本科学史学会生物学史分科会会長。

〔コメンテーター紹介〕
 谷口 薫(たにぐち かおる)工学院大学非常勤講師 哲学・フランス近現代思想。論文に「女性を<科学>的に語ること―ミシュレに見る19世紀フランスの女性の表象」(「上智大学哲学科紀要」30、2004)、「ベルクソン哲学における仮構機能について」(「哲学雑誌」117-789、2002)などがある。
 慎 蒼健(しん ちゃんごん)東京理科大学専任講師 東アジア科学史。共著に『宗教と生命倫理(仮題)』(ナカニシヤ出版、近刊)、論文に「覇道に抗する王道としての医学−1930年代朝鮮における東西医学論争から」(「思想」905、1999)、「電気技術ネットワークの普及−実験室・劇場・生活空間」(『岩波講座 現代思想13−テクノロジーの思想』)などがある。