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平成12年12月26日火曜日  最新情報へ

 博士論文を提出したのでホームペイジを作ってみました。インターネット上にあるので万人に見られるものですが、ここでは私の知っている人に近況を知らせる形で書いていきます。

 論文提出は15日ながら、それに先立って8日に大学の側へ引越しました。鈴木研究室の研究生だった伊坂道子氏設計のアパートです。天井の見上げの写真をどうぞ。

 初回なのでこの辺で失礼いたします。


平成13年1月1日月曜日

 新世紀、いや、新千年紀あけましておめでとうございます。でも年賀状はまだ出来ていません。今年はパソコンにスキャナーで取込んでカラープリンターで印刷しようと思ったのですが、やってみるとプリンターの性能がついてこないところがあって、結果に満足できませんでした。またまたプリントごっこの御世話になりそうです。ぽっぽぽおおお。

 年末は関西に寄って、ルイ・ルルー美術館に立寄りました。ルルー氏は私が留学したリエージュ近郊スランで活動しているクリスタル芸術の巨匠です。密かに「わらび」と勝手に呼んでいる(巨匠の意図は別にあるようですが・・・)一連の作品がお気に入りです。

 それでは今年もよろしくお願いします。


平成13年1月13日土曜日

 明後日は博士論文の発表をせねばなりません。本当は日記を書いている場合ではないのですが・・・。日記についての今のところの懸案は留学中に知合った人たちのためのフランス語ペイジの製作で、いまのところ、あのアクサン記号を表示するためのエンコード関係の設定をどうやるのか探っている段階です。

 今日のところは、三が日に行った温泉の写真でも載せておきましょう。と思ったら、まだデジカメからHDに移していませんでした・・・。では。

追記(平成13年1月19日) 温泉ホテルの写真を追加しました。


平成13年1月19日金曜日

 15日の博士論文の発表はつつがなく終了し、今はくつろいで過ごしています。フランス語のアクサン記号の入力は結局、HTMLソース編集画面で、「é」は「é」というように打込まなければならないようです。ああ、面倒くさい。

 昨日はTBSの人々が私の住んでいるアパートの取材に来て、私も軽くインタビューに答えました。初めてなのでやや緊張しました。ぽっぽぽお。今日は1月6日に祖父の見舞のために行った湯布院の写真を載せておきます。それでは失礼いたします。


平成13年1月21日日曜日

 昨日と今日はセンター試験でキャンパス内には高校生がたくさんいます。みんな老けたかな。それにあわせるかのように東京では雪が積もりましたが、今日は快晴です。昨夜のアパート横の中庭の様子をデジカメで撮ったのでそのうち載せます。

 今日はシャルルロワ市の写真を7枚用意しました。ブリュッセル市南方に位置するかつて栄えた工業都市で、歴史的建造物はほとんどありませんが、1666年にスペイン軍の手で建設され、1668年5月2日のアーヘン条約でフランス王国の手に帰してからも工事が進められた要塞の六角形放射状の道路網はきれいに残っています。

 その他、懸案のフランス語版をたちあげました。それでは。

追記(平成13年1月28日) アパート横の写真を追加しました。


平成13年1月28日日曜日

 一昨日と今日はその前の週末以上に東京では大雪が降りました。先週の方については予告しておいたアパート横の中庭に雪が積もった様子の写真を用意しました(上述の追記参照)。

 今回の更新はメヘレンの写真の追加もさることながら、すでに載せたシャルルロワ、リエージュ、ルーヴェンの写真をフレーム方式にして大きくしたため、ちょっと大変でした。そういうわけで日記の方はこの辺で失礼します。


平成13年2月4日日曜日

 今日は立春、ついに春になりました。しかし、昨日の青い空とうってかわって今日は曇りです。

 2月2日に福岡の写真を追加しましたが、今日はペイジ全体に目に見えない変更を施しました。つまり、エンコード方式をシフト-JISからEUCに変えたのです。ネットスケイプ愛用者の方々にはご迷惑をおかけしており申し訳ありませんでした(ネスケの場合、シフト-JISだとサイトを開くたびに再読込をしてうっとうしい)。

 とはいえ、IEの方ではどちらの方式であっても「日本語(自動選択)」にしておけば問題なく一度で表示されるようになっているのと比べると、この点でのネスケの汎用性の低さは疑いのないところです。ちょっと気をつけて軽く調べてみたところ、私が読んでいる主な日本語ニュースサイトやプロバイダーホームペイジの半分程はシフト-JISになっているようで、IEに対抗する上で大きな弱点になっているのではないかと思います。技術陣の奮起を期待します。

 それでは。

追記(平成13年2月5日) 内容に誤りがあったので当該部分を削除しました。


平成13年2月11日日曜日

 こんにちは。昨日は建築史学の大先達で文化財建造物の保存修復に大きな貢献をなさった関野克先生の御葬儀が護国寺で行われました。建築史の世界の末席をけがす身として謹んで御冥福をお祈りいたします。

 本日の更新は、私の主たる研究主題のヴェルサイユ宮殿の写真を7枚追加しました。これに伴って、研究ペイジから関連する建築写真集へのリンクをはりました。また、更新履歴のペイジを作り、この近況へのリンクの仕方も、直接最新情報にリンクするよう改めました。細かいところでは半角カナを撲滅しました。

 昨日今日と快晴に恵まれています。今からコンサートに行ってまいります(芥川也寸志、一柳慧、ペーター・スハット)。それでは。


平成13年2月18日日曜日

 先日のコンサートは慣れない現代音楽だったのですが、特に芥川氏の作品など、堪能しました。また、御無沙汰していた友人たちなどにも会うことができ、楽しく過ごすこともできました。その翌日は、やはり大学時代のサークル(古典音楽鑑賞会)の後輩たちと飲むことができ、帰国後初めて二日酔いになるほど良かったです。また、同じサークルの野郎ども4人で昨日押掛けた三田のフランス料理屋コート・ドールでも濃い料理で舌鼓を打ちました。

 かようにこの1週間は充実したものでございまして、加えて小学生から中学生の時(福岡の実家にいた頃)の趣味だった鉄道模型(写真)への興味も、昨年9月の帰国時、久方ぶりに復活し、先週買ったカタログをみては微笑んでおります。これはメルクリン社からでているZゲージ(軌道幅6.5��)のもので、動く鉄道模型としては世界最小のモデルです。実家にある一番古い機関車はかれこれ20年はたっているはずですが、まだ動いてくれました。さすがはドイツ製でござる。

 今日の更新ではオランダ語圏ベルギー西部の町イーペルの写真を加えました。近世にはフランス王国とハプスブルク家の間の争奪戦に何度も巻込まれ、第一次大戦時には徹底的に破壊されましたが、今は美しく復興し、3年に一度の猫祭で有名な街となっています。昨年5月14日にリエージュの日本人たちと猫祭に行ったときには、見も知らぬ現地の電気屋の御主人が家に迎えてくれて、美味しいワインを御馳走になりました。

 この他、建築写真集の日本語化に着手しました。現在のところ、リエージュとイーペルだけですが、徐々に進めていきますので、しばらくお待ち下さい。また、履歴のところに若干のリンクを補いました。

 博士論文をそろそろ印刷にまわさなければなりません。それでは今日はこれにて。


平成13年2月25日日曜日

 2月20日に博士論文を製本に出しました。あとは28日に事務室へ提出するだけです。先週の土曜日に続いて今週の土曜日はロシア料理を食べて、そのあと懐かしのベルギービールを飲みに行きました(ブラッセルズ)。とても堪能できました。オルヴァルはやはり飲むたびに味が違うような・・・。ベルギーといえば、最近、リエージュ時代に知合った日本人の友達とメイリングリストをやっています。電話で会話するのが苦手な私としては、電子メイルという手段は誠にありがたいものです。

 今日の更新ではフランス語圏ベルギー西部の街バンシュの写真を加えました。ここもフランス王家とハプスブルク家の間で争奪されましたが、近世風の稜堡を備えた防御施設は建造されず、中世の城壁と塔を非常に良好な保存状態で見ることができます。今ではカーニヴァルのジルたちの行進が有名です。

 建築写真集の日本語化については、本日はルーヴェンを取上げました。昨日今日と大学入試のようです。それではまた。


平成13年3月4日日曜日

 2月28日に製本した博士論文を事務室に提出しました。いよいよ、あとは待つだけとなりました。3月8日に読書会があって担当者の一人となっているので、今日は短めに。

 本日の更新では、オランダ語圏に属するリンブルフ州の州都ハッセルトを取上げました。伊丹市と姉妹都市だそうで、市内に日本庭園と屋敷があります。私は行けませんでしたが・・・。建築写真集日本語化の方はヴェルサイユを取上げました。最近は天気の移り変りが早く、春近しと感じられます。それでは。


平成13年3月11日日曜日

 さる3月6日に、「日本の近代建築」(SD選書、鹿島出版界、1979年)などの著書がある東京大学名誉教授稲垣榮三先生が亡くなられました。東京大学大学院建築史研究室の一学生として研究室の遥かなる大先輩にあたられる先生の御冥福をお祈りいたします。

 本日の更新では、リエージュの西隣の街ウイの写真を用意しました。ナミュールとリエージュの間に挟まれたムーズ川のほとりの小さくて落着いた街ですが、アンシアン・レジーム時代にはリエージュ司教国唯一の城塞都市としてフランス軍とオランダ軍の間の深刻な争奪戦にさらされました。今残っている城塞はオランダ軍がナポレオンの恐怖もさめやらぬ時代に再建したものです。

 建築写真集日本語化についてはシャルルロワを取上げました。実は姫路市の姉妹都市であることを最近知りました。シャルルロワ市はヨーロッパには珍しい近世城郭から発生した都市であり、たしかに、この面では姫路市と共通性があるといえましょう。


平成13年3月18日日曜日

 3月16日に鈴木研の人々を家に呼んで学期末の宴会をしました。セゾンカードのポイントをためて入手したホットプレイトで焼肉をしました。一部の人々と夜を徹した後、翌朝、私自身も福岡に帰省すべく家をともに発ちました・・・。またやりたいでござる。

 今日の更新では、北海に面した港町オーステンデの写真を用意しました。近世には、アントワープ港閉鎖の後、スペイン領低地地方唯一の港町として栄えたところです。その他、メヘレン写真集の日本語版を製作しました。

 というわけで、昨日より福岡に帰省しています。日本建築学会年次大会の梗概原稿に取組みつつも、しばらくはまったりするでしょう。では。


平成13年3月25日日曜日

 ここ1週間来、実家でくつろいでいます。21日にはベルギー留学前以来3年以上ぶりに車を運転しました。こわかった・・・。

 本日はスーパー「レガネット」でベルギービールを発見しました。白麦酒2本、ドゥヴェル2本、「禁断の果実」1本、木莓麦酒1本買いました。

 さて、今回は「エノーの真珠」と呼ばれるモンスの写真を用意しました。当地の大聖堂は司教座聖堂ではありませんが、それに劣らぬ壮大な教会建築です。フランスとの国境に近いこの街はハプスブルク家とフランス王家の間で争奪の対象となり、彼らによって(特にヴォーバン)都市防御施設が築かれましたが、今や参事会聖堂近くの中世の領主館以外はほとんど現存していません。

 28日には東京の自分のアパートに戻ります。御機嫌よう。


平成13年4月1日日曜日

 3月29日に無事、博士号も授与され、平成元年以来続いてきた学生身分からついに脱しました。ベルギー人と日本人のカップルがついに結婚したので、その二次会に呼ばれてきました(本当におめでとう。幹事の方もお疲れさまでござる)。

 今日はヘントの写真を7枚用意しました。ハプスブルク家最盛期の当主、神聖ローマ皇帝としてカール5世、スペイン国王としてはカルロス1世とよばれるシャルルもここで生まれました。今日はあまり時間もないのでこの辺で。では。


平成13年4月8日日曜日

 桜が満開になってもう一週間以上、東京ではかなり散ってまいりました。さる4月2日の夕べに大学での花見に加わりました。一昨年と昨年は桜の花をみていないので、花びらが空に散る有様は、やはり歌の一首も詠みたくなろうというものです。

 本日はナミュールの写真を7枚加えました。ナミュールはワロン地方政府の首都で、政府と議会の所在地になっています。ムーズ川とサンブル川の合流地点に位置するこの街は古代以来の戦略上の要地で、その城塞では中世から第2次世界大戦までの様々な防御施設の蹟をみることができます。

 今日は研究室に誰も来ていません。私も帰って鉄道模型のレイアウトでも組もうと思います。では。


平成13年4月15日日曜日

 今日は先週ちょこっと触れた鉄道模型のレイアウト(写真)でも載せておきます。ついでに福岡の実家の方にある方も(写真)。福岡の方のレイアウトは複線で引込線もありましたが、引込線の部分はひっぺがして東京のレイアウトの方へ転用しました。

 建築写真集ではアントワープの写真を7枚加えました。オランダ語圏に属する、ベルギー第2の都市で、15、16世紀には港町として栄えました。17世紀には港町としては衰退したものの、ヴァン=デイク、ルーベンスなどの画家を輩出し文化的には繁栄を維持しました。

 それでは本日はこのあたりで。


平成13年4月22日日曜日

 先週末は土日とコンサートに行きました。土曜日はギターと歌によるジョン・ダウランドなど、日曜日はフラウト・トラヴェルソとチェンバロによるジャック=マルタン・オトテール、バッハなどです。室内楽を、コンサートホールではなく、本当の室内で聴くのはよいものです。

 本日はベルギーフランス語圏東部の都市トゥルネを取上げました。フランスのリールにほど近く、16世紀半ばに皇帝カール5世に奪取されるまで、また、1668年に再奪取されて18世紀の初めまで、フランス領でした。ルイ14世がもっとも愛した街の一つでもあり、特にその司教座聖堂は前半分がロマネスク様式で後半分がゴシック様式、さらにルネサンス様式の一部内装をもつ、極めて多様性に富んだおもしろい建築物です。ヴォーバンなどによる近世の都市防御施設は「五稜郭」の一部を残すのみですが、中世城壁はもうちょっとよく保存されています。ではこのあたりで。


平成13年4月29日日曜日

 少しずつ進めてきたベルギー建築写真集もいよいよ首都ブリュッセルを残すのみとなりました。ベルギー王国は主に、オランダ語(ヴランデレーン語)圏とフランス語圏に二分されていますが、ここまで実はこの両言語圏の都市を交互に取上げてきたのでした。

 というわけで先週のフランス語圏の都市トゥルネに続き、本日はオランダ語圏の都市ブルッヘを取上げています。フランス語名ブリュージュ、英語名ブルージュの方が通りがいいかもしれません。間違いなくベルギー随一の観光都市として有名なので、本日は説明を省きます。それでは。

平成13年5月6日日曜日

 先週はゴールデンウィークでした。この間の余暇を利用して、メルクリン・ミニクラブの部屋というのを開設しました。ドイツの鉄道の概略史や英語版とドイツ語版しかないカタログの用語の解説などをしたらよいのではないかと急に思い立ったのでした。しかし、車両の整備の方は、客車と貨車に関してはだいぶん揃ってきたので、次は動力車なんでしょうが、できる限りはお休みしようと思います。

 写真集の方は予告通り首都ブリュッセルを取上げました。グランプラスは「世界で最も美しい広場」として有名ですが、王宮も、ウィーンのノイ・ホーフブルク宮殿、東京の旧赤坂離宮(現迎賓館)とともに、20世紀初頭に建てられた三大宮殿建築の一画を占める傑作で、また、アール・ヌーヴォーの名建築が多いことでも知られています。普通に流通しているベルギーの最高額紙幣2000ベルギーフラン札の肖像画に、アール・ヌーヴォーの建築家ヴィクトル・オルタが採用されているほどです(滅多にお目にかかれない真の最高額紙幣10000ベルギーフラン札の肖像は現国王アルベール2世とパオラ王妃両陛下)。


平成13年5月13日日曜日

 先週は風邪でダウンしており、あまり仕事もできませんでした。昨日今日は大分いいのですが、家で休養しています。おまけに今日は研究室が工学部1号館ごと停電になっていました。

 写真集はベルギー諸都市をすでに一巡したので、今日からはリエージュ周辺の外国都市を取上げていきます。第1号はドイツのアーヘン、仏名エクス=ラ=シャペルです。800年に「西ローマ帝国」の皇帝となったシャルルマーニュ=カール大帝が帝国の首都を置いた古都であり、今でも宮廷礼拝堂が残っています。八角形のクーポラを備えた集中形式の礼拝堂で、その後、ゴシック様式の後陣などが付加されました。


平成13年5月20日日曜日

 先週も微妙に風邪でしたが、第3波に襲われることもなくだんだんと治ってきました。メルクリン・ミニクラブの方も20年来の懸案だった長距離急行列車一編成と近郊通勤列車一編成の整備が終了していい感じです。あとは福岡に持帰って、これも20年来家にある003形蒸気機関車と111形電気機関車にそれぞれ牽かせるだけです。

 今日はオランダのマーストリヒトを取上げました。リエージュ司教座はかつてはこの町にあり、聖セルファース大聖堂は今でも往時の勢威を誇っています。司教座がリエージュに移ってからも、リエージュ市民が反乱を起こすたびに司教がここへ避難していたものです。当地の謝肉祭は今でも多くの人を集めています。


平成13年5月27日日曜日

 昨日今日と五月祭のようです。おそらくこの10年で最悪の天気であり、参加者の苦労がしのばれますが、研究室の窓からきこえてくるところでは結構賑やかです。来週末には九州の建築史研究者が集う久住の合宿で博士論文を発表しに行くことになりました。くじゅうには中学生の時の林間学校などで行ったきりですので楽しみです。

 本日はフランス北東部の中心都市リールを取上げました。リールはかつてはスペイン領低地地方西部の対仏軍事拠点でしたが、1667年にフランス王国の手に帰し、ヴォーバンの手で要塞化工事がさらに進められ、今でも立派な五稜郭が残っています。その縁で市立美術館にはルイ14世時代から戦略戦術立案のために製作されていた立体地図群が所蔵されています。その他、家具師がデザインした旧市場の赤煉瓦の建物やパリ門という凱旋門建築も見所です。


平成13年6月15日金曜日

 最近2週間余りは更新をさぼっておりました。6月1日から5日まで(東京電機大学の近代建築史講義から同大学での卒業研究指導補助の時間まで)帰省して、2日と3日には九州の建築史研究者と学生の合宿に混ぜてもらっておりました。それにしても、5月くらいから毎日曜日の更新が苦しくなっておりますので、しばらくは不定期に行いたいと思います。だいたい、日曜日は家でまったり休みたくなってきました。

 今回はルクセンブルク大公国の首都ルクセンブルク市の写真を載せておきました。ここの公用語はフランス語で、首都でもフランス語が優勢なものの、その他のところではドイツ語、というかゲルマン系言語のルクセンブルク語が使われているようです。公用語がフランス語である以上、リュクサンブール大公国のリュクサンブール市といいたいところですが、ここは慣用に従っておきます。

 この町は「陸のジブラルタル」とよばれるほどの天然の要衝で、中世からヴォーバンの手掛けた近世都市防御施設、18世紀にオーストリア人が築いたボックの砲台というトーチカなど、多くの軍事遺跡があります。現在ではベネルクス3国の一翼をなしており、独自通貨も発行しておりますが、1ルクセンブルク・フラン=1ベルギー・フランで、ほとんどベルギー・フランが流通しています。地球の歩き方には、その逆は真ならずでベルギーではルクセンブルク・フランは通用しないと書いていますが、ベルギーでも平気で使われておりました。

 当初、予定していた建築写真集は今回をもって完結しました。ちょうど、サーヴァーの容量もいっぱいになったようです。第2期については、そのうち考えますが、しばらくは日記の更新や、研究方面の情報の拡充に努めようと思います。


平成13年6月30日土曜日

 ここ一週間あまり、梅雨の夏休みというよりも真夏の先駆けのような天気でひたすら暑くなってまいりました。考えてみれば私にとって3年ぶりの暑夏ということになります。昨年の7月はリエージュにいて、1ヶ月の間の日照時間が48時間とも60時間ともいう悲惨な状況でした・・・。

 さて、建築写真集が一段落ついた今、本日は「論文」の項目の処を業績リストとして全面改訂しました。そのうちには論文の要約も載せていきたいと思います。また、メルクリン・ミニクラブの部屋の方も新デジカメを得て充実してきましたので、そちらの方もよろしければご覧下さい。


平成13年7月15日日曜日

 猛暑というより酷暑はなおも続いています。昨日などは研究室に行きかけてやめてしまいました・・・。何日か前には工学部一号館前のタイルがめくれ上がっておりましたが、今ではもう直っております。冷房がクラッシュしたときも含めて、壊れてもすぐに直すところはさすがに日本といったところでしょうか。

 今日のところは「論文」の項目の一部を改訂しました。最近はメルクリン・ミニクラブの部屋の方ばかり更新しているような気がします。昨日もZゲイジの軌道についての説明を書いておりました・・・。そっちの方が一段落ついたら、建築写真集第2段のことも考えようと思います。


平成13年7月27日金曜日

 先週21日から帰省しています。木曜日までは東京の方が4度くらい気温が高かったようで、ひそかに避暑に帰っていたということもできます。今夜のNHKの7時のニュースでは、関東と東北地方の猛暑が終わったというものでしたが、台風とか自然災害ならともかく、その程度のローカルニュースを全国放送でトップにもってくるのは如何なものかと思いました。

 今日の更新では、審査論文の要約と、24日に採用された新論文についての情報を追加しておきました。日本建築学会に論文を投稿するようになって3年ほどたちますが、実は二つほど違和感を感じています。その一つは当初から、今一つは最近1年間くらいに感じるようになったものです。

 とりあえず前者について述べるならば、論文の指定枚数に関する規定の解釈について、私と多くの論文投稿者または査読者の間で違いがあるのではないかということで、私は余程のことがない限り5枚以上書くべきではないと考えていますが、どうも6、7枚書くのは当たり前のような風潮があるようです。たくさん書きたい方は書けばいいと思いますが、原則を忠実に守ろうとするのを妨げられたくはないものです。


平成13年8月12日日曜日
 ちょっと旅に出てまいります。


平成13年9月30日日曜日

 8月中はベルギー、フランス、スイス、ドイツに行っておりました。9月も北海道を視察したり、大学で日本建築学会年次大会があったりして、私のわりにはやや慌ただしかったように思います。建築写真も大分たまっているので、別のサイトに場所を見つけて追々アップしていこうと思います。


平成13年10月10日水曜日

 今日は東京は大雨で、一日中引きこもっていました。


平成13年11月30日金曜日

 今月は私にしては珍しく忙しくて過ぎていきました。今日は千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館に行ってきました。今回で3回目くらいですが、いつ行っても一日仕事になってしまいます。やれやれ・・・。

 さて、この夏の旅行でも写真をたくさん撮ってきたので、そろそろ建築写真集第2段を始めようかと思います。今度はイタリアやドイツ、そして日本の写真などもいれていくことになるでしょう。また、第1段の方ともあわせて、解説を補充していこうかとも考えています。


平成13年12月31日月曜日

 いよいよ今年最後の日となりました。秘かにこのウェブサイトも1年以上やっているわけですが、後半は割と忙しかったので更新頻度が落ちてしまいました。まあ、忙しくとも一月に一回程度の更新は試みようと思います。それでは、よいお年を。


平成14年1月6日日曜日

 あけましておめでとうございます。今年もよろしく願上げます。正月は湯布院温泉に行ってきました。2日には積雪になってしまい、翌3日にはタイヤにチェーンを巻かねばなりませんでした・・・。それ以降は概ね晴れが続いています。


平成14年1月16日水曜日

 本日は建築写真集IIを別の場所に表ペイジだけ立上げました。ベルギーだけではなく、フランス、スイス、ドイツ、イタリア、スペインなどで撮った写真を載せていって、これからまた徐々に拡充していこうと思います。今のところは予定都市の名だけを挙げておきました。


平成14年2月28日木曜日

 日本学術振興会の特別研究員というのは、基本的にスケジュールに縛られた生活をするわけではないので時間的にはかなりフリーハンドなのですが、ときに全て用事でつまっているような週があります。先週末から来週初めまではこの珍しい「特異週」になってしまいました。いとこの結婚式で帰省したり、研究会や会議が続きました。また、奈良から友達が来て昨日今日と泊まっています。

 このサイトの更新も、半年来、一月に一回くらいになってしまっていますが、何とか二回くらいはしていきたいものと思っております。建築写真集IIも早く始めなければ・・・。

 →早速、スイス・アルプスの麓の村ツェルマットとマッターホルンの写真を追加しました。平成12年7月から8月の初めにかけて行ってきたものです。写真では空気の清浄さ(薄さともいう)や風景の美しささえ十全に伝わりませんが、以後もこの調子で続けますのでよろしくお願いいたします。


平成14年3月21日木曜日

 本日は研究室に行って初めて休日であることを悟りました・・・。ああさみし。

 今回はザルツブルクの写真を追加しました。ミュンヘンからヘーレンキムゼー城館に行き、その後に寄って夕方にはミュンヘンに戻るという強行軍でした。ゆえに旧市街や大司教宮殿はあまり見られませんでした・・・。


平成14年4月30日火曜日

 前回の更新から大分間があいてしまいました。実は4月1日から工学院大学工学部建築学科の講師(専任)に就任しており、まだそれほどではないとはいえ、やや取り紛れておりました。

 さて、これを機に当サイトの引越を敢行しました。@niftyの方もなお一月ほど開いておきますが、そのうち閉めます。新しいアドレスは下記の通りです。これからもよろしくお願いいたします。

http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~dt13029/


平成14年6月19日水曜日  上へ

 最近の近況を一言で列べると・・・。帯状疱疹、自宅療養、講義は休まず、グラン・ダイエット終了、高コレステロール血症解消、FIFAワールドカップ・・・といったところ。ベルギー=ブラジル戦前半36分のウィルモッツのゴールは入ってたでしょう。


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