履歴
研究
論文
近況


アンシアン・レジーム時代の諸権力の下における建築の有方について

 ヴェルサイユ宮殿などのアンシアン・レジーム下の建築と諸権力との関わりを追求することで、建築活動が、それを推進しようとする何らかの意志の表れという社会の営みの一つであり、建築家など建築関係者の意図の及ばぬところで展開する場合もあったことを明らかにするのが、一連の研究を導く観点である。

 絶対王制下の王権の建築には建築推進者の意図がよく表れ、また、その意図も中世から近代への歴史の流れの中で重要な役割を果たしたゆえ、研究の対象としても極めて重い。

 方法の一つとして、その意図を表す有効な手段としての、広間の天井画や庭園彫刻などに注目する。それらは当時の知識階層に広く共有された教養体系に則って構想されているゆえに、研究を進める上でかなり確たる結論を得られるだろう。

 ヴェルサイユ宮殿の図像解釈学的研究は柱である。当宮殿は西洋世俗建築を代表する作品だが、作品論、様式論、建築家論などの伝統的方法では、建築史上にうまく位置付けることができなかった。それは当宮殿造営が、欧州覇権をめぐる戦争と並んで、王権の全てをかけた事業であり、建築家はその手足に過ぎなかったからである。したがって、修士論文で掲げた関心に加え、建築家より上の諸段階の意志の働きという観点から、この課題を継続する。

 他の方法としては、庭園の噴水のための揚水装置や水道橋などの土木事業についても研究する。かかる仕事も、国王治下の科学の勝利を喧伝したり、古代ローマに肩を並べようとする事業を為したりしていたゆえ、当研究の内に位置付けることができる。

 さらに、現在のベルギー領を含むフランス北東部および東部国境で多数実施された都市攻略とその後の要塞化工事も、頌歌や版画、とりわけ同一縮尺による模型製作によって、王権イデオロギーを体現するものとして重要で、当研究の重要な部分を占める。

 最後に、フランス王権以外の権力の下での建築について、その皮切として、リエージュ中心街区の環境について取上げる。現ベルギー領のほとんどが他国の領土だった中、リエージュ司教国は司教を君主とする教会国家として独立を保ったが、聖ランベール司教座聖堂参事会と市当局が大きな力を持っており、そこに外様の司教が絶対君主制を推進しようとして複雑な三角関係にあった。街区はその三権が集中立地する建築学的に興味深い場所である。


戻る