岡 健太郎(工学院大学非常勤講師,文化財耐震評価主任研究員,修士(工学))



研究テーマ:

建築物のLCMにおける維持保全と保存活用ストラテジー
材料物性と下地仕様の観点からみた木摺り漆喰天井部材における基本性能と健全度評価に関する実験的検討

 

研究概要:

住居・事務所・公共施設など用途と性能は様々だが、建築物は須らく何らかの付加価値をもってこの世に生を受ける。竣工後暫くは使用者の要求を満足していた建築物も、運用期間が長くなるにつれて経済性・立地環境・要求性能などの要因によって躯体寿命を待たずして早期に解体される例が多い。本来、建築物の寿命は使用者:人間の寿命スパンよりずっと長い。その長期間で変化する多種多様な要求に応えるべく、維持保全を繰り返しながら運用されることが理想の姿と言って良いだろう。我が国では戦後復興から高度経済成長、バブル経済といった一連の経済活動の中で、質より量を重視した建築物が次々に建設された。新たな要求が発生すれば建て替える、その過程の中でスクラップ&ビルドの思考が生まれ、目下まで建築業界を支配することになった1)。 スクラップ&ビルドの餌食になったのは戦後建設された建築物に限らない。文化・技術・都市の出発点として価値のある可能性が高い建築物も再開発の渦中で、価値が見出されないまま経済性、耐震性を理由に解体やナンセンスな保存が行われることが多々あった。しかし、近年はバブル崩壊による経済低迷に加え、地球環境問題、景観性・文化性保護などへ関心が高まっており、建築物においても先述のスクラップ&ビルドから、良い建物を有効的、文化的に長く使うストック重視の思考へ方向転換を迫られている。そこで、LCM(ライフサイクルマネジメント)に配慮した既存建築物・歴史的建造物における維持保全・保存活用方法の構築と提案を行う。

本研究により、以下の内容が考察される。
1) 建築物はライフサイクルの解体・素材再利用以前のフェーズにおいて、用途変更や存在意義の変更により複数回のサイクルに渡って運用が可能である。
2) 保存価値が評価された際の建築物の状況や周辺環境によっては、現状維持という保存形態を適合できない可能性がある。
3) 建築物は外観を残すだけでは意味をなさない場合があるため、物心両面の様々な評価ポイントを考慮した保存形態を建築物ごとに導き出す必要がある。
4) 現在発生しているオーセンティシティと保存形態の相違は、社会性や環境性よりも経済性が優先されているためである。

建造物の長期使用や長寿命化を考える際に、材料レベルでの力学特性や耐久性などの狭義の品質に、損傷率、故障率、安全性を含めた広義の品質を捉えて、平常時・災害時の時間変化を含む使用環境を考慮した品質の確保に向けた動きがある。そのような状況下で建物全体の品質を再考すると、地震等の外力に対する耐震性を満足するために多くの規基準が設けられている構造部材に対して、その内外に付加される仕上材料は、居住性や美観性、躯体の保護等の多様な性能が要求されるものの、耐震性を含めた観点から、要求性能の確認が十分になされているわけではない。 上記を踏まえ本研究では、現存する歴史的建造物に数多く適用され、主に近代以降の建造物で普及したと言われる漆喰木摺り工法を適用した左官天井部材に着目した検討を行った。同工法は、近代以降に西洋由来の技術によって普及したが、近代建築技術の黎明期と言える時期の建造物においては、現行の指針類で一般化されていない工法で施工されていたり、建設当時に伝来した技術が十分に咀嚼されないまま適用されている可能性があることが確認された。その結果、適用された工法が同種のものであっても、施工年代や地域性、材料の種類などによって、施工状態及び劣化状態に差異があることに加えて、地震等の大きな外力により、美観性が顕著に損なわれたり、安全性・耐久性・使用性の低下が生じる懸念が生じた。 本稿では、天井部材の施工を想定した上向き作業下における、木摺り下地の寸法的仕様や漆喰の調合、炭酸化促進の有無を実験要因とした上で、漆喰の機械的性質や下地との剥離に対する抵抗力を把握するための実験的評価を行ない、災害時の安全性確保の観点に立脚した対応策を構築するとともに、対象となる左官天井の健全度を把握し、性能の付加等を行う必要があることを具体的に提示した。

研究成果:

1.学内論文
1)岡健太郎,建築物のLCMにおける維持保全と保存活用ストラテジー,工学院大学卒業論文
2)岡健太郎,材料物性と下地仕様の観点からみた木摺り漆喰天井部材における基本性能と健全度評価に関する実験的検討,工学院大学修士論文

2. 主な査読付き論文
1) 岡健太郎、田村雅紀:「構造物の災害対応を含めたLCM戦略」、第14回日本材料学会 コンクリート構造物の補修、補強、アップグレードシンポジウム(2014.10)
2) 田村雅紀、岡健太郎、保田直哉:「長期供用建物から多点採取した小径コアの力学特性による外部環境の品質影響に関する考察」、日本非破壊検査協会 コンクリート構造物の非破壊検査シンポジウム(2015.8)
3) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「材料物性と下地仕様の観点からみた木摺り漆喰天井部材における基本性能と健全度評価に関する実験的検討」、日本建築学会構造系論文集(2017.1 , Vol.82, No.731 掲載予定)
4) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「歴史的建造物における既存左官天井の非破壊による健全度評価の基礎的検討」、日本建築学会構造系論文集(2016.11条件付き採用) 5) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「漆喰仕上げ天井における補修工法の開発」、日本建築学会技術報告集 査読付論文(2016.10投稿審査中)
5)Kentaro OKA, Masaki TAMURA, Hiroaki MARUYAMA, Junichi YOKOSHIMA and Osamu GOTO: "Experimental Study on Conservation and Preservation for historical Architecture using Plaster Finishing Material" The Fourth International Conference on Sustainable Construction Materials and Technologies (SCMT4) (2016.4)

3.主な雑誌他
1) 岡健太郎:「第2回 建築生産-ものづくりから見た建築のしくみ(ボスの教科書)」、日本建築仕上学会Finex, Vol.26, No.153 pp.25-27 (2014.3)

4.主な口頭発表(国内)
1) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物の LCM における維持保全と保存活用ストラテジー」2013年度第84回 日本建築学会関東支部研究発表会 (2014.3)
2) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物のLCM における維持保全と保存活用ストラテジー その2 平常時における建築的価値の維持・創出」2014年度建築学会大会(近畿)学術講演会 (2014.9)
3) 岡健太郎、田村雅紀:「構造物の災害対応を含めたLCM戦略」第14回日本材料学会 コンクリート構造物の補修、補強、アップグレードシンポジウム(2014.10)
4) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物の LCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その 2 遺産的建造物の要素部材による健全度の検証」2014年度第85回 日本建築学会関東支部研究発表会(2015.3)
5) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジーその5 破壊試験による木摺漆喰工法の性能評価」2015年度建築学会大会(関東)学術講演会 材料施工部門(2015.9)
6) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「漆喰系材料の観点から考察した遺産的建築物の維持保全に関する実験的検討 その1 木摺漆喰工法を用いた天井板の非破壊・破壊試験による性能評価」日本建築仕上学会2015年大会学術講演会(2015.11)
7) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「漆喰系材料の観点から考察した遺産的建築物の維持保全に関する実験的検討 その3 木摺漆喰天井板における崩落メカニズム及び補修効果の検証」日本建築仕上学会2015年大会学術講演会(2015.11)
8) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その3 遺産的建築物の木摺漆喰天井における崩落機構及び補修工法の検討」2015年度第86回 日本建築学会関東支部研究発表会(2016.3)
9) 岡健太郎、田村雅紀、澤野堅太郎、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジーその9 既存木摺漆喰天井における補修効果の検証」2016年度建築学会大会(九州)学術講演会 材料施工部門(2016.8)
10) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「漆喰系材料の観点から考察した遺産的建築物の維持保全に関する実験的検討 その6岩手銀行旧本店における既存木摺漆喰天井の補修工事報告」日本建築仕上学会2016年大会学術講演会(2016.10)
11) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物のLCMにおける維持保全と保存活用ストラテジー」(漆喰天井の補修に関する内容) 12) Polymers-in-Concrete 委員会 第166回定例会 発表(2016.11)

5.受賞ほか
1) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物の LCM における維持保全と保存活用ストラテジー」、2013年度第84回 日本建築学会関東支部研究発表会 優秀研究報告集賞 (2014.3)
2) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物の LCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その 2 遺産的建造物の要素部材による健全度の検証」、2014年度第85回 日本建築学会関東支部研究発表会 優秀研究報告集賞(2015.3)
3) 岡健太郎、田村雅紀:「建築物の LCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その 2 遺産的建造物の要素部材による健全度の検証」、2014年度第85回 日本建築学会関東支部研究発表会 若手優秀研究報告賞(2015.3)
4) 岡健太郎:「建築物のLCMにおける維持保全と保存的活用ストラテジー 遺産的建造物の要素部材による健全度の検証」、2015年 日本建築仕上学会 学生研究奨励賞(2015.3) 5) 岡健太郎:「建築物の LCM における維持保全と保存的活用ストラテジー」、2014年度 工学院大学 建築構造賞 区分2 (2015.2)
6) 岡健太郎:「建築物の LCM における維持保全と保存的活用ストラテジー」、2014年度 建築学部建築学科・生産系 卒業論文優秀賞 (2015.3)
7) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジーその5 破壊試験による木摺漆喰工法の性能評価」、2015年度建築学会大会(関東)学術講演会 材料施工部門 若手優秀発表賞(2015.11)
8) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その3 遺産的建築物の木摺漆喰天井における崩落機構及び補修工法の検討」、2015年度第86回 日本建築学会関東支部研究発表会 優秀研究報告集賞(2016.3)
9) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「建築物のLCM における維持保全と保存的活用ストラテジー その3 遺産的建築物の木摺漆喰天井における崩落機構及び補修工法の検討」、2015年度第86回 日本建築学会関東支部研究発表会 若手優秀研究報告賞(2016.3)
10) Kentaro OKA, Masaki TAMURA, Hiroaki MARUYAMA, Junichi YOKOSHIMA and Osamu GOTO: "Experimental Study on Conservation and Preservation for historical Architecture using Plaster Finishing Material", SCMT4 Award Winning Paper
11) 岡健太郎、田村雅紀、後藤治:「漆喰系材料の観点から考察した遺産的建築物の維持保全に関する実験的検討 その6岩手銀行旧本店における既存木摺漆喰天井の補修工事報告」、日本建築仕上学会2016年大会学術講演会 学生研究発表報告優秀賞 (2016.12)