梅田栞合(シオリ)



研究テーマ:

文豪井上靖・上の家の保存再生に向けた既存漆喰仕上げ壁の復原 工事と性能評価

研究概要:

1.研究の目的

ストック化社会に貢献するために、歴史的建築物の保存再 生や耐久性の調査をし、建築物・建材の価値を持続させるこ とが必要だ。そこで本研究では、築150 年を経過した文豪井 上靖の本家である“上の家”を研究対象とし、現存する漆喰 仕上げ土壁の補修・復原保存改修の実施工と性能評価を行う。 2021 年10 月から産学連携により静岡県伊豆市と協働で、“文 学の里”として地域文化の継承を目標に取り組みを行い、最 終的にこの“上の家”を地域コミュニティの場として活用す ることを目指す。図1 に研究の流れを、表1 に研究対象の建物概要を、表3 に実験内容を示す。まず研究1 では、改修工事前の土壁の劣 化状態の調査、力学特性試験を行う。次に、研究2 では1 階 の既存土壁の補修・保存改修3)4)を行う。研究3 では、1 階北 面東側の既存土壁と上塗り漆喰補修、外観なまこ壁の漆喰補 修を行う。研究4 では既報5)をふまえて、補修後の土壁・漆 喰仕上げの性能評価を行う。

2.研究の方法

図2a)に150 年前に施工された既存建物の北面西側の土壁 を示す。当該部の壁は、2 階の壁荷重が大きく作用する部位で あり、地震時に屋根からの大きな荷重が基礎接続部にかかる ことがわかる5)。そのため、土壁の土台付近壁土の剥離、崩落 が壁幅全体に起きたと考えられる。さらに建物全体が右下に 沈下していることから、当該部の壁全体に斜めに貫くひび割 れの原因は、妻壁全体のせん断変形に伴うせん断破壊により 生じたといえる。また調査により、当該壁の屋内側は、板張 り仕上げとなっており、両面が「荒壁+中塗り+漆喰上塗り の真壁造り」となっていなかった。ここは旧道に面した玄関 の表空間「ハレの間」に対して、一番奥まった「ケの間」(勝 手口)であることから、板張りで簡素な造りとなったと推測す る。また、おもて(土壁側)からも、柱奥の荒壁の隙間から反 対側の板張りが直ぐ見える状態であり、小舞中心面の両側で 壁剛性を確保するのではなく比較的簡易な造りであった。 以上より、補修の方針は、1)荒壁の充填補修、2)中塗りの ひび割れ樹脂充填/表面部樹脂含浸補修/漆喰剥がれ部の切 断・貼付補修、3)上塗り漆喰補修4)土壁の性能評価の大きく 4 つを行うこととなった。

 

3.想定される結論とその研究が果たす社会的貢献度

本研究により、以下の知見が得られた。
1)力学特性試験により、アクリル樹脂塗装は靱性においては あまり期待できないが、曲げ、圧縮、せん断の全てにおいて 強度改善し、補修材料としての有意性を確認した。
2)樹脂含浸後は含浸前と比較し漆喰は13%増、土壁は25%増の 硬度を発揮し、樹脂補修により外力抵抗性を向上できる可 能性を示した。
3)漆喰仕上げ補修後は補修前と比較し、壁全体として約15% の硬度改善を確認した。

5.研究成果
1)梅田栞合ほか,文豪井上靖・上の家の保存再生に向けた既存漆喰仕上げ壁の復原 工事と性能評価日本建築学会関東支部研究報告集,CD-ROM, 2023.3

2)梅田栞合ほか,文豪井上靖 生家の保存・再生プロジェクトの計画・実施 その2 漆喰仕上げ土壁の補修・保存改修の実施工と性能評価2022年度 日本建築仕上学会研究発表論文集,2022.10

3)梅田栞合ほか,文豪井上靖 生家の保存・再生プロジェクトの計画・実施 その1 既存建物の改修計画と学生協働の取り組み,2022年度 日本建築仕上学会研究発表論文集,2022.10

2)梅田栞合,文豪井上靖・上の家の保存再生に向けた既存漆喰仕上げ壁の復原 工事と性能評価 工学院大学卒業論文,CD-ROM, 2023.3