クォーク


クォークは6種類あり,その区別を香り(flavor)と呼びます。 その名前は,発見された順番で, up, down, strange, charm, bottom, top となります。 クォークは色(color)と呼ばれる量子数を持っており,それで 区別されます。
「色」や「香」にしても,個々の名前にしても,あまり学術的な 感じがしないと思うかもしれませんが,素粒子物理学のように変化の早い 学問では,その最前線で研究者たちが符丁のようにつぶやいたり 思いつきで言った言葉がそのまま固定されて学術用語になってしまうこと もあるのです。


このクォーク(quark)という言葉は,1964年にゲルマン先生により 命名されたのですが, それはJames Joyce の Finnegans Wake という小説の中に出てくる言葉だそう です。(私はこの小説を読んだことはないのですが,なんでも,非常に難解な 本だとのことです。)

それぞれの名前については,それなりの意味がありますが, ざっと説明しましょう。(私の誤解があるかも知れませんが。)

1950年ころまでに知られていた強い相互作用をする粒子(ハドロン)は 核子とその間の力を媒介するπ中間子でした。 核子は陽子と中性子を指しますが,その電荷を無視すれば (陽子は+eの電荷,中性子は0の電荷を持つ)両者の性質は 非常に良く似ており,質量も殆ど同一です。 π中間子も荷電(π+,π-)と 中性(π0)がありますが,それらの 性質については同様のことが言えます。

既に,素粒子がスピンと呼ばれる固有の角運動量を 持っていることは良く知られていました。

スピン

電子はスピン1/2を持っているので,同じ電子でも2つの 内部状態,すなわち,角運動量ベクトルの向きが上向きと下向き の状態を持ちます。このスピンという考え方により, 原子や分子の量子的状態を正確に理解することができたのです。

そこで,電磁気力が仮に消滅した世界を想像すると,そこでは 核子やπ中間子は相互に同じ粒子であり,ただその内部状態が異なって いるだけだと考えることができます。 この内部状態を表す量を,空間的なスピンにならって「アイソスピン」 と呼びます。 この考え方では次のようになります。 世の中にはアイソスピン1/2の核子があります。そして 核子のアイソスピンの上向きの状態は陽子として, 核子のアイソスピンの下向きの状態は中性子として観測されるのです。 π中間子はアイソスピンが1であり,その+1,0,-1の状態が π+,π0,π-に対応します。

ちょっとくどかったと思いますが,この「アイソスピン」のように 素粒子が内部的な属性(自由度)を持ち,それが素粒子間の力の性質に 現れてくるという考え方は非常に大事ですので,あえて詳しく説明しました。 電磁気力の場合は,昔から知られていた電荷がお互いの間の力の 性質を決めている訳ですが,強い相互作用の場合はこの「アイソスピン電荷」 が同じようにお互いの間の力を記述することになるのです。

1950年代から60年代になりますと, 新たに多数のハドロンが発見されました。今日での ΣやΛバリオン,K中間子です。これらは「奇妙な」粒子と呼ばれました。 あまりにも「素」粒子が増えてきたために,これらを 整理する必要が発生しました。そして,西島-ゲルマンの法則により 分類することができました。 分類は出来たのですが,これだけ増えてくると,より基本的な構成粒子 を考える必要が出てきます。 そこで,これらの多数のハドロンを3つのクォークで説明する 試みがなされました。 核子やπをつくる粒子は,アイソスピンのイメージで up (上向き)と down(下向き),そして,奇妙な粒子には strange(奇妙な)クォークが 含まれると考えたのです。 この3種類のクォークによるハドロンの分類は成功を収め,クォーク模型が 成立したのです。

ここで,電気素量(e)を単位として測った電荷と共にクォークを示します。 uとdはアイソスピンの2重項なので,このようにまとめて表現しました。 実は,この組は更に拡張されて考えられることになります。
陽子の電荷:陽子=(uud) ... (2/3)e + (2/3)e + (-1/3)e = e
中性子の電荷:中性子=(ddu) ... (-1/3)e + (-1/3)e + (2/3)e = 0
のように,ハドロンの電荷を再現するようにクォークの電荷が定義されています。

上の図を見ても分るように,なぜか,sクォークだけが宙ぶらりんな 感じがします。 理論的にも,uと同じ電荷を持ったクォークがあったほうが良いことが 指摘されていました。
この4番目のクォークはそれ以後重要な研究の対象となっていましたが, 1974年2つの実験グループがほぼ同時にこの第4のクォークを発見しま した。(正確には,このクォークと反クォークが結合してできた J/ψと呼ばれる粒子を発見した。) 第4のクォークは charm(魅力的な)と呼ばれます。 クォーク模型の提唱から10年後のことです。
その結果,クォークの仲間は右のような図で表されるようになりました。 この2つの組を,第1世代,第2世代と呼びます。


charmの発見後,素粒子世界の実験的探求は雰囲気が変わって来ました。 1つは,このように新粒子を発見するという「大発見」が出来るという ことが,「一攫千金」的な気風を何%か実験家に吹き込んだことです。 そしてまた,----各種の理由から,理論家はこの第4のクォーク の存在と属性を予言していたのですが---- 理論体系自体の整備が進んだ こともあり,理論的な予測が結構信じられるようになってきたのです。

第3世代があったほうが良いという議論は以前からありました。 一つの有力な可能性は,CPの破れを自然に説明しようとすると, 小林・益川理論から第3世代までのクォークが必要であるという点です。

となれば,第3世代のクォークを探そうということが, 当面の目標となります。 その名前は,いわゆる<真・善・美(truth, goodness and beauty)> から採られたtruth, beauty であったとも言われます。 しかし,2重項の形から,up/down と同じように top/bottom と 呼ばれています。 bottom クォークが見つかったのは1977年, そして最後の top クォークが見つかったのは1995年でした。 top クォークは非常に重く,1個で金の原子核程度の 質量があります。


それでは第4世代はどうなのでしょうか。あまり,今の所真剣には考えられて はおりません。むしろ,なぜ3世代なのかということが 重要な理論的研究の1つの目標となっています。 3世代で十分ということは,以下の根拠に基づいています。 1つは実験的な測定から,少なくとも軽いニュートリノは3種類しか ないことが確実に分っています。重いニュートリノについては, 直接は調べられませんが,あまり妙なことをすると宇宙論などにも 影響がでるので,多分大丈夫でしょう。すると,クォークとレプトンは 対になって世代を作るのですが,レプトンが3世代しかないなら, 「多分」クォークも3世代しかないだろうと思われます。 なお,クォークとレプトンの対を壊すと,理論のあちこちに綻が生じます。

私はときどき,「古代日本人はクォークを知っていた。 それは,いろは歌の冒頭の句を見ればわかる。」というのですが, まあ,まわりが物理屋さんのときは多少うけるようです...