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さて,それでは,クォークとレプトンの力学である「標準模型」について 解説します。

物質がすべて原子から出来ていることはご存知だと思います。 そして,原子は,中心の原子核とその周りを運動する電子からできています。 原子核は陽子と中性子から出来ており,さらに核子(陽子と中性子の総称)は クォークからできています。核子を作るクォークはuとdの2種類で, 陽子は(uud),中性子は(udd)とそれぞれ3つのクォークからできています。

particles

標準模型の理論の基本的要素となる「もの」としての素粒子は クォークとレプトンです。 電子は素粒子の1つでレプトン族に所属します。 電子と同じ性質を持ち,質量だけが電子よりも重い,電子の「兄」の 粒子が2つあり,ミュー,タウと呼ばれます。この電子3兄弟には それぞれに対応したニュートリノが存在します。 上で,u,dのクォークがあることを述べましたが, クォークは全部で6種類あります。この6種の区別を「香(flavor)」と 呼びます。また,クォークは「色(color)」と呼ばれる自由度も 持っています。別に色がついているわけではないのですが, 同じ種のクォークが3種類ずつあるため,それぞれを,例えば, uクォーク1号,uクォーク2号,uクォーク3号と呼ぶ代りに, 赤uクォーク,青uクォーク,緑uクォークと符丁で呼んでいるだけです。

クォーク

素粒子同士はお互いに力を及ぼしあいます。 素粒子間に力が働くことを「相互作用」がある,という言葉使いで表すの が普通です。 基本的な相互作用としては,古典的に知られている電磁気力と重力の 他に,近距離でしか働かないために19世紀までは知られていなかった, 強い力(核力などに関係)と弱い力(ベータ崩壊などに関係)の2つがあるので 合計4種類ということになります。 標準模型には重力は含まれていません。 (ただし,重力は非常に弱いので,巨視的な世界でなければ,無視できます。 水素原子の構造を研究する際,ブラックホールの表面でも 無い限り,重力を考える必要はありません。) 近代的なスローガンは「力は場であり,場は粒子である」というものです。 このスローガンが,湯川秀樹先生に日本で最初のノーベル賞を与えたものと言えます。 電磁気力を粒子として表現したものを「光子(photon)」と呼ぶことは あるいはご存知かも知れません。 この光子の仲間として,強い力を媒介するグルオンと弱い力を 媒介するウィークボソンがあります。 これらの力の粒子は「ゲージ粒子」とまとめて呼ばれることもあります。 ゲージという言葉はあとで説明します。

force and quanta
上の図は力を場の粒子で考える理論形式の説明です。 左の図は高校レベルの物理でもおなじみだと思いますが, 電荷を持つ粒子同士の間に力が働くことを表しています。 このことを,右の図のように考えることが,「力は場であり,場は粒子である」 という考え方です。ここでは電荷を持つ素粒子として2つの電子 を考えています。電子同士の間には電磁気的な力が働きます。 そのことを,電子が光子を放出し,それが他方の電子により吸収される という描像で考えるのです。(もちろん,力の場合と同様, 2つの電子は対等ですから,一方が光子を放出して,片方が吸収する ことは2通り考えられます。それをまとめて表現しています。) 光子はエネルギーや運動量を担っていますから, その放出・吸収により力が働いたことになります。
電子が光子を吸収したり,放出したりするということは, 光電効果や原子のスペクトルなどについて勉強したことのある人にとっては おなじみの現象だと思います。 物質世界の量子論的挙動により,このような現象が起きるのです。

力の性質で「もの」の粒子であるクォークとレプトンを分類することができます。 特に,電磁気力と弱い力に着目すると,クォークとレプトンを 4つずつ3組のグループに分けることができます。この3つのグループ1つ1つを 「世代(generation)」と呼びます。 第1世代は u,d クォーク,電子,電子ニュートリノ で構成されます。 第2, 3世代は (c, s, ミュー, ミューニュートリノ)および (t, b, タウ, タウニュートリノ)です。

「もの」の粒子であるクォークとレプトンは,それぞれに対して「反粒子」を 持っています。反粒子は粒子とそっくりですが,逆の性質を持っています。 例えば,電子の反粒子である陽電子は,電子と同じ質量ですが,電荷はプラス です。粒子と反粒子が出会うと,完全に消滅してしまう反応がおきます。 (粒子と反粒子のエネルギーは電磁波などの形で放出されます。)

以上述べてきた粒子はすべて実験的に確認されているものばかりです。 その性質も一定の精度で,実験により測定されています。 しかし,標準模型を完結させるためには,もう1つの粒子が必要です。 それがヒッグス粒子です。この粒子を実験的に確認することが, 現在進行中の加速器計画の最も重要なテーマとなっています。

いろいろ説明が多くて目が回ったかもしれませんが,ここで 標準模型の登場人物をまとめておきましょう。

分類名前記号質量(GeV)
ものの粒子
(フェルミオン)
クォーク upu(0.01)
downd(0.01)
stranges(0.15)
charmc(1.5)
bottomb(4.4)
topt(174)
レプトン 電子e0.511x10-3 ×
ミューμ0.106×
タウτ1.78×
電子ニュートリノνe(0.0)? ××
ミューニュートリノνμ(0.0)? ××
タウニュートリノντ(0.0)? ××
ゲージ粒子
(ベクトル)
強い力グルオンg(0.0) ××
電磁力光子γ0.0 ×○ ×
弱い力荷電ウィークボソンW+, W-80.41 ×○ ○
弱い力(中性)中性ウィークボソンZ091.19 ×× ○
ヒッグス粒子(スカラー) ヒッグスボソンH未知 ×× ○

この表で質量はGeV単位で表しています。 1GeVはだいたい核子1個の質量を表します。(正確には 陽子が0.938GeV)だから,水素原子の質量は大体1GeVです。 水素原子が1モルあると1gですから,それから換算できますね? [1GeV=1.78 x 10-27kg]
クォークとグルオンの質量に()がついているのは,これらの 粒子を「単独で」観測することができないからです。このことは 詳しく説明する必要がありますが,ここでは省略します。 ニュートリノは質量が0と思われてきましたが,最近,微小な 質量があるらしいということが分ってきました。

右端の3つの欄は,どのような相互作用にかかわるかを示しています。 強い力,電磁気力,弱い力についてのものです。 ゲージ粒子,ヒッグス粒子のところでは,説明は省きますが, ある理由から,電磁気力と弱い力の 欄を1つにして表示しています。

粒子の分類で,フェルミオン,ベクトル,スカラーという区別が 記入してあります。これは素粒子の大事な属性の1つを表しています。 素粒子にはスピンと言われる自由度があります。これは,固有の角運動量 です。不正確な表現をするなら,素粒子はそれ固有の自転運動をしており, その値で分類されるということです。 スカラーはスピン0で,回転しておらず, どちらの方向から見ても同じように見えます。 ベクトルは3次元空間のベクトルでスピンは1です。光の波に偏光という性質がある ことをご存知なら,その偏光の方向のことを指していると思って下さい。 ベクトル,スカラーはまとめてボース粒子(ボソン)と呼ばれます。 ものの粒子であるレプトンとクォークはスピン1/2で フェルミ粒子(フェルミオン)と呼ばれます。イメージ的には つかみにくいでしょうが,同じ電子でも「上向き」と「下向き」の2つの 状態を区別することができると思って下さい。 ボース粒子とフェルミ粒子は複数あったときの統計性に関する振る舞いが 異なります。

スピン