2022年 生物学史研究会
- 釜屋憲彦氏(慶應義塾大学SFC研究所上席所員 / 知窓学舎講師)「ユクスキュル研究の現状と展望〜テクネーとしてのユクスキュルの生物学〜」
- 日時:2022年3月27日(日) 14:00〜16:30
- 開催方法:開催方法:Zoom上でのオンライン開催(以下のリンクよりお入りいただけます)
https://u-tokyo-ac-jp.zoom.us/j/85294024334?pwd=TDZ3V0JlbjBVVmtOVk1WQVNOM0lyUT09
ミーティングID: 852 9402 4334
パスコード: 627507
- [発表概要]
私がヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864 - 1944)という生物学者に惹かれてやまないのは、彼が「テクネーとしての生物学」を探究し、科学的、詩的、演劇的かつ音楽的アプローチによって、生命現象のいきいきとした側面を我々の内的世界に顕現化してみせたからである。ユクスキュルは、自身の研究が「自然界の"何"を明るみに出しているのか」を常に問い、在野精神でもって理想の方法論を模索し続けた。
ユクスキュルのオリジナリティ溢れる研究成果の根底には、20世紀初頭に支配していたダーウィニズムと機械論的自然観に対する強い批判精神があった。ダーウィニズムと機械論的自然観を乗り越えるベく、ユクスキュルによる研究の成果を一つの理論としてまとめあげたのが「環世界論」である。環世界論は、カントの認識論の対象をヒトという種を超え、あらゆる生物に拡張させることによって、新しい生命観を提案するものだった。つまり、生物は我々人間にとっての単なる物質的、機械的な客体ではなく、生きた主体として世界を解釈し、独自の意味の世界(=環世界 Umwelt)を構築する存在であることを強調したのである。晩年にはさらに理論を発展させ、コスモス的多元論的思想世界を連想させる自然哲学を築いた。
本発表では、特に@各学問分野への環世界論の影響と、A今日のユクスキュル研究の学術的・社会的意義に焦点を当てる。発表の前半では、ユクスキュルの生命観を共有するために、環世界論の基盤となる概念(機能環、トーン、役割、メロディーと総譜、生命計画)について解説する。そして、それらの知識をもとに、環世界論が影響を与えた学問領域を俯瞰していく。とりわけ、動物行動学者コンラート・ローレンツ、哲学者ハイデガー、メルロ=ポンティ、そして記号論者トマス・シービオクを取り上げ、それぞれがどのようにユクスキュルを受容したかを先行研究を元に検討する。後半では、近年、主に欧米の生物記号論者の間で議論されている「主体性の進化論」の可能性を検討し、まとめとして今日におけるユクスキュル研究の意義と展望を議論してみたい。
- [参考文献]
秋澤雅男「ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環境世界論再考」『立命館經濟學』43(5), 82-99, 1994
J. ユクスキュル「意味の理論」、J. ユクスキュル、G. クリサート『生物から見た世界』日高敏隆、野田保之訳、思索社、1973年、139-241頁.
J. ユクスキュル、G. クリサート『生物から見た世界』日高敏隆、羽田節子訳、岩波書店、2005年.
J. ユクスキュル『生命の劇場』入江重吉、寺井俊正訳、講談社、2012年.
J. ユクスキュル『動物の環境と内的世界』前野佳彦訳、みすず書房、2012年.
Brentari, Carlo, Jakob von Uexküll: The Discovery of the Umwelt between Biosemiotics and Theoretical Biology, Dordrecht; Heidelberg; New York; London: Springer, 2015.