マテリアルスインフォマティクスと
計算化学の融合とは

計算化学シミュレーションの普及に伴い,数多くの計算化学的研究が報告され,多くの計算データが蓄積されてきている.しかしながら,計算モデルと実在系の間に解離がある場合も多く,活用は限定的である場合が多い.一方,活用されない計算データも物理法則に則って現象を再現しているのは間違いがなく,それらを分析することで新しい知見が見出される可能性がある.したがって,蓄積されていく計算データから,科学的,工学的に有用な知見をどのように得るかが今後の計算化学研究において重要となる. インフォマティクスは多数のデータに基づいて現象をモデル化する方法論として広く利用されている.しかしながら,インフォマティクスでは選択されたデータの物理的背景が希薄であり,予測性が保障されていない.この点においては,ab initio的に現象を再現しようとする計算化学的手法と対極の方法論といえる.しかしながら,両方の方法論は補完的な関係にあることから,両者を連携させることで,これまで活用できなかった計算データを有効活用できる新しい可能性が拓ける

インフォマティクス利用方法:計算化学におけるインフォマティクスの利用法は大まかに3つに分類される.一つはデータベースの補完を目的とした利用である.実験データの取得が困難なデータを計算化学で補完する.この目的に利用される計算化学手法は既存データ並みの精度が必要とされる.二つめは,マルチスケールの方法論の一つとして利用するアプローチである.計算データと目的物性との間のモデル式が得られれば,計算速度に優れた材料探索シミュレーション手法を構築できる.3つめが記述子(descriptor)を計算化学に基づいて決定する利用法である.この方法では,descriptorに物理的意味を与えることができインフォマティクスの予測信頼性を向上させることができる.

計算化学のマルチスケール化:計算データをインフォマティクスで解析して得たモデル式を利用することで計算速度を向上させ,より大きなスケールでの議論が可能となる.例えば,触媒では,構造変化による劣化が問題になることが多い.劣化現象は時間スケールの長い現象であり直接的な計算化学の適用は困難である.我々は,燃料電池アノードに利用される合金貴金属触媒の構造劣化にインフォマティクスと計算化学を適用した.数多くの量子化学計算結果から見出した構造とエネルギーの相関式を用いると,触媒構造が劣化していく様子をシミュレーションできる.
インフォマティクスの予測信頼性向上: descriptorの物理的背景を計算化学で明らかにすることで,インフォマティクス計算の予測性を向上できる.例えば,電子構造に関する量子化学計算結果を解析し,適切なdescriptorを見出すことで,量子化学計算だけでは計算時間上困難であった多数の発光材料の評価が現実的となる.結果を導くdescriptorの物理的意味を明確にできるので,予測結果の解釈も容易になる.
インフォマティクスとの融合による材料探索: インフォマティクス手法は計算が速く材料探索に適している.そこで,量子化学計算結果の解析からモデル式を導ければ,計算化学に立脚した高速な材料探索が可能となる.新規LED用蛍光体材料の探索や,二酸化炭素分離膜最適構造の探索など,数千~数万を越える構造候補から目標とする機能をもつ構造の絞込みが可能となっている.
計算データの有効活用:量子化学計算を解析することで,新しい法則性が見つかることがある.マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI)はタンパクや糖鎖などの構造解析に利用されている.我々は,脱プロントン化エネルギーから質量スペクトルを予測できることを示した.また,インフォマティクスにより量子化学計算データを解析したところ,糖鎖構造の局所構造と脱プロトン化エネルギーの間に法則性があることを見出した.その結果最小限の量子計算で,スペクトル予測を迅速に行うことができるようになった. インフォマティクスとの連携で計算化学は材料設計法としてより強力になる.


マテリアルス・インフォマティクスと計算化学