2-2.西品川保育園(高反射率塗料)

西品川保育園の屋上には高反射率塗料を施工した。高反射率塗料は施工が容易で工期日数も短く、太陽光線中の50%を占める赤外線を効率的に反射し、塗装部表面温度の上昇を抑えるものである。既往の研究から高反射率塗料の性能評価は行われているものの、実際に使用されている建物の屋上に施工された長期計測データは少ない。
そこで本項では西品川保育園において、屋上の高反射率塗装前後における屋外環境と屋上直下階である3階の保育室内の温熱環境について実測調査を行い、塗装前後の比較から遮熱効果や冷暖房費削減効果などの検証を行った。西品川保育園の外観を示す。

高反射率塗料とは太陽光の中の近赤外線領域を効率的に反射し、昼間の遮熱効果をもたらすとともに、建築物の蓄熱を抑制して夜間の大気への放熱を緩和する塗料のことである。都市部での建物のコンクリート、道路のアスファルト使用例が増えている近年では、施工日数も短縮でき、メンテナンス等のランニングコストと手間の少ないヒートアイランド対策技術の1つとして注目されている。
高反射率塗料の施工例は大きく分けて2種類ある。1つは建物屋上に塗布することで屋上面の表面温度を下げ、夏期の建物の熱負荷を削減をすること、もう1つは道路に塗布することで路面温度を下げ、夏期の夜間の放射熱を抑制して熱帯夜を緩和することである。2006年4月より東京都23区のうち7区を中心にクールルーフ推進事業が開始され、高反射率塗料の普及が進められている。
以下に示すように太陽光線の波長域は分類される。可視光域は色の明るさや暗さによって反射率が変わる。一般塗料が反射できる波長域は300nm〜780nmであり、これ以外の波長域は日射反射率が低減する。高反射率塗料が一般塗料と異なる点は、780nm〜2800nmの近赤外線光域を効率良く反射することである。近赤外線は他の波長域に比べ熱エネルギーが多く、その波長域を効率よく反射することで被覆面の大幅な温度低減ができる。
次に一般塗料と高反射率塗料の違いの概念図を示す。一般塗料を塗布している屋上面は日射反射率が低く、建物内部への日射熱吸収が大きくなる。一方で高反射率塗料は反射率が高く、建物内部への日射熱吸収が少ないため、室内温度の上昇抑制に寄与することになる。


(1) 建物概要
屋上平面図、屋上直下階である3階平面図、屋上及び3階保育室の写真、建物データを示す。保育時間(開園時間)は7:30〜19:30であり、休園日は日祝日である。屋上部分は園庭と同じように毎日のように園児達の遊び場として利用されている。3階には保育室とランチルームがあり、毎日ほぼ同じスケジュールで使用されている。
 
 

(2) 空調設備概要
西品川保育園に導入されている空調設備のうち、本研究に関連する3階部分の空調設備機器概要を示す。すべてパッケージ空調機で、ランチルームに1台、保育室に2台の計3台が設置されている。次にパッケージ空調機の室外機の写真を示す。

 
(3) 計測概要
a.計測項目と計測期間
夏期計測項目と計測期間の詳細を示す。この中で、屋外の長短波放射量、室内のスラブ裏熱流量、空調用電力消費量の計測は専用の測定機材を設置して計測を行い、他の項目についてはシナモニ計測システムで継続的に計測しているデータを使用した。なお、高反射率塗料の施工前後を比較評価するため、天候の様子を見ながら夏期の半ばとして8/22〜25を施工期間とし、この期間の前後での比較評価を実施した。
次に冬期計測項目と計測期間の詳細を示す。計測項目は夏期と同様であるが、塗装後のみの計測となるため、室内側の計測データは特に使用せず、また塗装エリアと屋上外周部の非塗装エリアとの表面温度比較を中心に分析を行った。


b.計測ポイントと計測機材
屋上の計測ポイント図、室内側の3階保育室の計測ポイント図を示す。また屋内外にて使用した計測機器とその説明を示す。






(4) 高反射率塗料の施工
西品川保育園の屋上面に高反射率塗料を塗布した施工について説明する。施工期間は8/22〜25の4日間である。その時に使用した高反射率塗料のデータ、反射率のカタログデータ、塗料のサンプルカラーを示す。また、高反射率塗料の洗い流し(洗浄作業)から塗布作業完了までの施工風景を示す。



(1) 夏期の外界気象
夏期の塗装前・塗装後の外界気象データを示す。これらの計測日より塗装前・塗装後の室内外熱環境の比較評価を行うため、評価日の選定を行った。選定にあたっては、休園日で空調されていない日曜の中で、日積算日射量が同程度の日を塗装前後双方から抽出した。次にその夏期選定日の概要、選定日の外気象の時刻変化グラフを示す。
 
 
 
塗装前後の選定日を比べてみると、外気温度は塗装前の8/6の方が3℃弱高いが、日積算日射量はほぼ同程度である。風速は時間帯によって変わるが、大きな差はないレベルである。



(2) 屋外環境面における効果検証
a.表面温度と顕熱流
塗装前後の期間の屋上表面温度変化を示す。これを見ると、塗装後に表面温度レベルが明らかに下がっていることが分かる。
塗装前後の選定日の屋上表面温度を次に示す。塗装後の高反射率塗料では塗装前と比較して表面温度の上昇抑制効果が顕著に現れており、その温度差は14:00で最大約12℃、夕方から夜間にかけては約10℃である。但し、塗装前後の選定日では外気温度や風速に差があるため、表面温度差だけでは高反射率塗料の効果を明確ではない。そこで顕熱流を算出することで高反射率塗料の効果を評価する。
 

下の式を用いて塗装前後の選定日の顕熱流を求めたところ、ピーク時で約150W/uの差となった。また、夜間においても顕熱流は約100W/uの差が見られた。これは、外気温度と風速の差を考慮しても蓄熱抑制効果が現れており、夏期の熱帯夜の抑制にも効果があると考えられる。
 
b.上下放射量と日射反射率
塗装前後の期間の上向き・下向きの短波長(300〜2800nm)放射量変化グラフを示す。下向き放射が日射、上向き放射が地表面からの反射日射を示している。
下向き放射量は塗装前のピーク時が810W/u、塗装後のピーク時も870W/uと近似した値であり、天候として日射量に大きな違いのない期間であることが分かる。一方、上向き放射量は塗装前が約150W/u、塗装後の上向き放射量は420W/uと、塗装後の方が3倍近くなっている。これは、一般塗料と高反射率塗料の日射反射性能の違いと言える。
 
塗装前後の期間の日射反射率変化を示す。また、選定日の上下放射量、選定日の日平均日射反射率、選定日の日射反射率を示す。
一般塗料の日射反射率は19.8%と低く、高反射率塗料の日射反射率は55.2%と半分以上の日射量を反射しており、一般塗料と比べると3倍近い反射率となっている。また計測値から求めた高反射率塗料の日射反射率55.2%と、カタログの反射率データによる日射反射率56.8%を比較するとほぼ一致していることから、高反射率塗料の初期日射反射率はカタログ値通りの性能が発揮できていると考えられる。

 
(3) 室内環境面における効果検証
a.屋上スラブ熱流
塗装前後の期間の屋上スラブ熱流量を示す。また、西品川保育園の屋上スラブ構成材の詳細断面、塗装前後の選定日のスラブ裏熱流量を示す。
これらのグラフを見ると、塗装前の熱流量は外気温度と日射量の影響を受けて、夜間の19:00にピークを迎え、その時の熱流量は約11.5W/uである。一方、塗装後の熱流は21:00にピークを迎えその時の熱流量は5W/uであり、塗装前と比較して大幅に下がっている。
またこの熱流量グラフより、対象建物の屋上スラブの特徴として、コンクリート躯体の熱容量が大きいためピークが19〜21時と気温から6時間以上遅れていることが挙げられる。一般的に高反射率塗料は屋上面の断熱性・蓄熱性の低い建物ほど効果が顕著となる傾向にあるため実測調査もそのような建物で行われる場合が多いが、今回の西品川保育園のような熱容量の大きな屋上スラブを持つ建物でも、熱流の時間遅れの傾向はほぼそのままで、熱流量の絶対量を削減できることが分かり、RC造の建物でも効果が発揮されることが明らかとなったと言える。
 
 
b.スラブ裏表面温度と室内温度
塗装前後の期間のスラブ裏表面温度と室内温度の変化を示す。また、塗装前後の選定日のスラブ裏表面温度及び室内温度を示す。
塗装前後とも前述のコンクリート躯体の熱容量の大きさのため、スラブ裏表面温度のピーク時刻も21:00前後である。塗装後のピーク温度は約29℃と塗装前よりも約7.5℃低く、塗装前後の外気条件の差を考慮しても、高反射率塗料の効果が現れていると言える。
室内温度も時間遅れを生じ、ピーク時刻は16:00頃である。塗装後の室内温度はピーク時で29.5℃であり、塗装前に比べて約2.5℃低い結果となった。また、塗装前のスラブ裏表面温度と室内温度の差は約2〜3℃あったのだが、塗装後にはこの差がほとんど見られなかった。このことからも、塗装後は屋上スラブコンクリートへの蓄熱が抑制され、室内環境の改善効果につながったと考えられる。
 

c.空調電力消費量
空調電力消費量は、電力ロガーによって3階用空調機3台それぞれの毎時の積算量を連続測定している。塗装前後の期間の月別空調電力消費量を示す。また、日積算日射量と空調電力消費量の関係グラフを示す。
日積算日射量が6000[Wh/u・日]前後の高い日は塗装後には少なかったため比較しにくいが、日積算日射量2000〜5000[Wh/u・日]あたりの範囲で比較すると、全体的に塗装後の方が半分以下程度になっている傾向が見られる。この結果、高反射率塗料によって、室内の冷房負荷削減効果に寄与していると言える。
 

(4) 建物使用者へのアンケート調査
高反射率塗料の施工による屋上及び室内の使用者の感じる熱環境の変化について、アンケート調査を行った。調査対象者は屋上および3階保育室を毎日使用する勤務者(女性)計4名である。
T.塗装前後の屋上熱環境について
1) 照り返し(眩しさ)を感じたか
塗装前より眩しい ・・・4
変わらない ・・・0
塗装前より眩しくない ・・・0
2) 屋上の体感温度はどう変わったか
塗装前より下がった ・・・3
変わらない ・・・1
塗装前より上がった ・・・0
U.塗装前後の室内熱環境について
3) 室内環境の快適性は改善されたと感じたか
塗装前より快適 ・・・3
変わらない ・・・1
塗装前より不快 ・・・0
V.その他の意見
良い点
・室内で涼感を得ることができ、冷房の設定温度を抑えることができた。
・塗料色が明るく、清潔感があり気分が良くなる。
悪い点
・眩しさのため、園児が段差や凹凸に気付かず転倒するケースが目立った。
アンケート調査からも、塗装後の屋外の体感温度は下がり、室内の快適性も向上したという回答が多く、熱環境として改善されたと言える。しかし照り返しが強く、建物使用者が眩しさを感じている意見も多かった。また、眩しさが原因となり、園児達が段差や凹凸に気付かず事故を起こしてしまったケースが見られた。本保育園で使用した塗料が明色系であったことが照り返しを感じさせた要因の1つと思われ、使用頻度の多い場所に塗布する場合は色の選定も重要と考えられる。
(1) 冬期の外界気象
冬期の外界気象データを示す。これらの計測日より評価日を選定し、屋上外周部のフェンス外側の非塗装エリアとフェンス内側の塗装エリアとの比較、また経時変化として夏期塗装後との比較も行った。冬期の選定日の概要、選定日の外気象の時刻変化グラフを示す。
 
 
 
(2) 屋外環境面における効果検証
冬期の屋上表面温度変化、冬期選定日の屋上表面温度を示す。
選定日グラフを見ると、非塗装エリアよりも塗装エリアの方が昼間のピーク時の表面温度がわずかに高くなっている。これは冬期でも塗装エリアの表面温度の方が高くなることは考えにくく、防護フェンスやパラペットの影がセンサー部に影響したと考えられる。一方、塗装エリアの表面温度は昼間のピークが過ぎると急激に下がり、夜間には非塗装エリアよりも3〜4℃程度低くなっている。これは昼間の屋上コンクリートへの蓄熱量が少ないためと考えられ、室内の暖房負荷増大の可能性が懸念される。


(3) 反射率性能の経時変化
夏期・冬期の選定日、夏期・冬期選定日の日射反射率を示す。
夏期3日間の平均日射反射率は54.2%、冬期3日間の平均日射反射率は48.2%であり、これらを比較すると3ヶ月間で6ポイント落ちている結果となった。
また、春期にも実測調査を実施して更なる経時変化を検証した。次に冬期・春期の選定日、冬期・春期選定日の日射反射率を示す。


冬期3日間の平均日射反射率は48.2%、春期3日間の平均日射反射率は53.2%であり、さらに3ヶ月間経過して5ポイント回復している結果となった。冬期・春期の選定日はともに降雨直後ではないため降雨による洗浄作用ではないようである。また、夏期と春期の日射反射率を比較すると、半年経過後の日射反射率の低下は1ポイントに納まる結果となった。特に大きなメンテナンス作業をしなくても半年程度は反射率低下は起こさないことが分かったが、途中3ヶ月経過時点では6ポイントほど低下する時期もあり、反射率の変化の原因追求は今後の課題である。
なお、以下に示すように屋上表面を比べると滑り止めの骨材が削れて表面が平滑になっている傾向が見られた。このような表面の微妙な状態変化が反射率に影響する可能性もあると考えられる。

 
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